それが恋の始まり
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ayumu side  1.
 三日後の火曜日の夜。なぜか友人に再び呼び出されていた。
「合コンなら行かないからね」
「わかってるよ。だいたいそう頻繁に合コンなんてしないって」
 それでは他に用があるのかと首をかしげた矢先。
「あ。きた。じゃあ、私はこれで〜」
「は?」
 それだけ言うとさっさと帰っていった。
「ちょっと、月子!」
 立ち去る友人を呼び止めるも、振り返った彼女は私の後ろを笑顔で指差した。
 何があるのだと振り返るとそこには見覚えのある顔がいた。
「こんばんは」
「あ〜。こんばんは」
 こちらの反応に苦笑して近付いてくるのは紛れもない、アユちゃんだ。
「ごめんなさい。えっと、連絡先がわからなくて」
「ああ」
 そこまで聞いてあの友人の不可解な行動がわかった。
「夕食はまだですか?」
 にこやかな問いに頷く。といっても夕食には少し早い時間だ。
「いいお店知ってるんですよ」
 そう言うとちょこんと私の服の袖を摘まむ。上機嫌の彼女はにこにことそのまま歩き出したので、歩調を合わせて私も歩く。
 まだ会社帰りの人間が多い通りをそれると、一見寂しい通りに出るが良く見れば少し高めのお店が多いことに気がつく。重役クラスが隠れ処にしてそうなお店が並ぶ通りを抜けると、ひっそりと洋風の外観を持つ店が現れる。
「ここです」
 そう言うとようやく手を離して、店のドアを開けて中に入った。
 カランコロンとドアベルが鳴り、店内から「いらっしゃいませ」と声がかかる。
 奥から出てきた中年の女性がアユちゃんを認めるとすぐに声をかけてきた。どうやら知り合いのお店らしい。なにやら話していた二人に案内される形で、お店の奥の個室に通される。
「えっと、川上さん、はワインお好きですか?」
 席に着きメニューを広げながら尋ねるアユちゃんの台詞に妙な間があり、首を傾げて様子を窺うと、合った視線をすぐにそらされた。
 なんだろう?
「ワインはよくわからない」
「じゃあ、適当に頼みますね」
 はにかんでメニューを戻すと先ほどの女性がオーダーを取りに来た。
 アユちゃんは今日のお薦めと、ワインを一本頼んだようだ。「ごゆっくり」と声をかけて女性が出て行くと、少しの沈黙が落ちる。
「あの」
 声をかけてきたのはアユちゃんからだった。
「お酒の飲める年齢なんだ?」
 質問したのは私から。
「え? えっと。はい。二十二です」
「あ。やっぱり年下か」
「はい」
 突然の質問に目を瞬いてから答える姿はやっぱり可愛い。初めて見た時は未成年かと思ったが、例のあのやり取りで違うことはわかってた。実際の年齢はよくわからなかったけど、なんとなく年下な気がした。こういう勘はよく当たる。
「年下は興味ありませんか?」
「対象外」
「そう、ですか」
 すっぱりと切り捨てた台詞に、アユちゃんは力なく笑うと顔を伏せた。
 結局そのまま、食事が運ばれてくるまで沈黙が個室を満たした。
 
 
「歩ちゃんがお友達をここに連れてくるのは初めてね」
 あまりに雰囲気が悪すぎるためか、オーダーを取った女性が最後のデザートを出しながら会話を盛り上げようとしてくれたようだ。その言葉にアユちゃんは照れたように笑って頷いた。
「私は城崎春子といいます。歩ちゃんとは親子みたいな付き合いで、好きな人ができたら連れてきなさいって言ってるんですよ」
「そうですか」
 とりあえず笑顔は作ったが、あまり興味はない。
 反応の薄い私に女性は少し困ったように微笑んだ。ごめんなさい。その話題をこれ以上拡大したくないだけです。
「歩ちゃん。もしかしたら言ってないの?」
「えっと、うん。まだ」
 相当に親しいようで眉を寄せた城崎さんの言葉に、アユちゃんは少し深刻な顔で頷いた。
 そんな二人のやり取りを聞いて内心首をかしげたのは言うまでも無い。私はしっかり告白されてるぞ。ということは、それ以外にも言う事があるってこと?
 城崎さんはアユちゃんの肩をぽんと叩いて、「今度は大丈夫よ、がんばって」と激励の言葉をかけて出て行った。
 今度は?
 城崎さんの後姿を見送り、視線を前に戻すと深刻な様子でチーズケーキを睨むアユちゃんがいる。その様子を見ながら私はケーキを口に運び、これまでの内容を思い返す。
 彼女は私と付き合いたいらしい。私がタイプだと言っている。
 でも、彼女はレズビアンではないとはっきり断言されている。ということは、女性を好きになるのはどうやら初めてらしい。
 以上を踏まえて、「今度は大丈夫」を考えた時に、ふと、嫌な予感に襲われた。
 いやいやいやいや。それは無いだろう。うん。ないと思いたい。
「私、まだ言ってない事があるんです」
 そう切り出されたときに、正直、逃げるべきだった。
 
 
 告白以上の驚きがあった。
 いや、どこかで予想した通りだったので瞬間的な衝撃でいえば初めの告白よりは軽かったと言える。
 アユちゃんの告白二発目の返事は「へぇ」という気の抜けたものになった。
「怒らないんですか?」
 告白に対する私の反応に、アユちゃんは驚いたように尋ねてきた。
「怒るべき?」
 おそらく無表情だろう私の言葉に、すぐに「いいえ」と返事が返る。その後に心配そうな上目遣いでそろそろと視線を合わせ、こちらの反応を窺っている。その姿はやはり可愛い以外のなにものでもなく。
「詐欺だ」
 ぽつりと洩れた言葉は真実だと思う。
「ごめんなさい」
「謝られても困るけど」
 ある意味衝撃的なアユちゃんの告白。
 
 
 
「私、男なんです」
 
 
 
 いや。このご時世、何があっても不思議じゃない。
 男みたいな女だっているし、その逆もしかり。いや、世の中、女のような男のほうが増えているくらいだ。目の前に現れてもなんら不思議ではない。
 でも、だからといって、私にどうしろと?
 しばらく頭が真っ白になったのは現実逃避に近かったのかもしれない。
 
 
「あの。それでも、だめですか」
 なにが? と聞き返そうになって、ああと気がつく。お付き合いね。
 それでも、とは「彼女」が「彼」であるという事実か。
 確かに、女性じゃないんだからレズビアンじゃなかったのだ。私の質問が間違ってたかと、またしても思考が本題からそれる。
「一つ聞いてもいい?」
「はい」
 前置きにアユちゃんは背筋を伸ばしてまっすぐに見つめてくる。どう見ても女の子だ。
「セックス対象は男性じゃないの?」
「男性です」
「女装してるのは?」
「こっちのほうが変なの寄ってきませんから」
 マジメに答えることじゃないが、マジメに答えてもらわないと困るのも事実で、なんだか頭が痛い。
 しばらく沈黙すると、城崎さんが食後のコーヒーを持ってきてくれた。
 この微妙な空気を読んだのか、コーヒーを置くとさっさと立ち去ってくれる。
 意図せず、盛大なため息が洩れた。
 落ち着こうとコーヒーを一口飲む。目の前のアユちゃんは不安そうに視線を彷徨わせ、目が合うとさっと下を向いて唇を噛んだ。
「生物学的には、自然なのか」
 それで城崎さんは「今度は」と言ったのだろう。
「あの」
 こちらの独り言に真直ぐ目を向けてくる。
「期待はしないでね。それとこれは全然別だから」
「…はい」
 さて、どうしよう。
 ここまで言われてはぐらかすことはできない。
 お店を出る前、いや、このコーヒーを飲みきるまでに答えを出さなければならないだろう。
「なんで、私なんだろう」
「川上さんだからです」
「ああ、そう……ありがと」
 ため息と共に出た言葉に真剣に答える。
 必死さがこれ以上なく可愛いんだが、これは男なのだ。
「ちょっとだけ待って。今考えるから」
「はい」
 まるでこれから裁きを言い渡される罪人のように俯いた姿に、普段なら到底ありえない答えを出す予感がした。



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