それが恋の始まり
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ayumu side  1.
「付き合ってください」
「は?」
 言われた言葉を一瞬、理解できなかった。
 聞き返した一言にその人は可愛らしく微笑み、もう一度同じ台詞を繰り返す。
「付き合ってください」
 この台詞を聞いて、ここまで困惑した事はいまだかつてなかったと思う。
 
 思えば、この告白がそもそもの始まりだった。



 告白を受けた場所はチェーン店の居酒屋のトイレだった。男女共用ではなく、扉にはオンナのコマークがしっかりついた女子トイレ。モダン和風を売りにしているだけあり、トイレも綺麗で壁にあるオブジェや備え付けの備品なども、モダン調のものをそろえてあった。
 
 
 あまり興味のない合コンとやらにつき合わされ、男性陣をほぼ無視して飲むことに集中していた私に、それでも声をかけてきた男の話題がつまらなく…そりゃ、私にあまり魅力がないのは知ってるが、目当ての子の情報を何も私に聞かなくてもいいではありませんか。席を移動するなりしたらいいのに。
 彼の目当ては友達が連れてきた可愛い子で、私もよくは知らない。
 色白で細く、少し露出の高い格好をしていて、笑顔がとにかく可愛い。身長は割りと高く、それがまたモデルのようで男性陣には受けが良いようだ。
 六対六での合コンで、オンナのコ側では一番人気があると思う。
 綺麗に茶色く染めたサラサラの長い髪に、手入れの行き届いた爪。長い睫毛に、グロスをたっぷり塗った艶やかな唇。
 言うなれば、私とは正反対。
 私はといえば、肩ぐらいまでの髪は黒いままだし、化粧もしていることがわからないほどだ。服装はジーンズにシャツで、飾っているといえば唯一ネックレスをしているだけだ。
 彼女は自己紹介で確か「あゆむ」と名乗っていたことから、この場ですぐに「アユ」と愛称がついた。ちなみに私は「川上さん」と呼ばれてる。そう名乗ったからだけど。
 
 まあ、そんな可愛いアユちゃんの情報を何とか引き出そうとする男性に、当然会ったばかりの私が答えられる情報も少ないので、その話を打ち切るようにトイレに逃げ込んだ。
 私がいなくなれば、場所も移動できるし、あるいは別の子のところで情報を仕入れるか、口説き落とせるだろう。
「帰りたい」
 用を済ませて鏡に向かって呟く。どうせワリカンだし、とりあえずたくさん飲んだし、このまま帰って後で請求してもらってもいいかな。
 そう決意すると、丁度扉が開いた。
 個室は二つあるのですぐにどく必要もないが、用が済んだのにずっとここにいるのは気が引ける。手を洗ってすぐに出ようとしたのだが、入ってきた人物は個室に向かわず、ずっと扉の前に陣取っている。
 ハンカチを出しつつ顔を上げてみるとそこにいたのは、あのアユちゃんだ。
「こんにちは」
 にっこり微笑まれ挨拶をされる。
「こんにちは」
 とりあえず返事をした私はハンカチをしまい、ここから出るぞと意思表示した。
 しかし、なぜかアユちゃんはその場を動かない。
「あの、出たいんですけど」
「川上さん」
「はい」
 もしかしたら酔ってるのかと思いつつ返事をする。
「付き合っている人はいるんですか?」
「いいえ」
 合コンにきているんだからそれはないだろうと思ったが、実際はそんなものではない。現に私をここに連れてきた友人は彼氏がいる。友人曰く、合コンは彼氏がどれだけ良い男かを実感するための場だとか。
 そんなことは置いておき、私は彼氏などいない。正直に答えても差し支えはないのでそう答えると、アユちゃんはにっこりと極上の笑顔を作って言った。
 
 
 
「付き合ってください」
 
 
 
 聞き返した問いに、もう一度同じ事を言ったのだから、何を言っているのかの自覚はあるようだ。しかし、彼女が酔っ払っていないという保証は無い。
「えっと。私、女ですが?」
「知ってます」
「からかってる?」
「本気です」
 本気と言われても困る。いや、本気ならなお困る。
 真剣に答えるべきか、それとも冗談に取るべきなのかもわからない。
「アユちゃんはレズ?」
「違います」
 受け答えははっきりしてる。同性愛者ではないということは?
「いいですよ。場所にもよりますけど」
 とりあえず了承してみた。
「場所?」
 しかし、こちらの答えにアユちゃんは目を丸くした。
「そう。どこに付き合えばいいの?」
 平然と答えはしたが、内心マズイと思った。どうしてか、昔からこの手の勘は良くあたる。
「どこまで付き合ってもらえますか?」
 すっとぼけたこちらに、さてなんと答えると思っていたら、にっこりと小首を傾げて尋ねられた。どうやらこちらの言っている意味を理解した上でこの話を続けるらしい。話がそれて少しだけ胸を撫で下ろし、こちらも笑ってみる。
「とりあえず提示してもらえないと困るけど」
 ヒールを履いている彼女は私よりも身長が高い。おそらくヒールがなければ私と同じくらいだろうが、今は必然的に見上げる形で話をしている。そのせいか彼女の表情はよく見えた。
 こちらの答えに満足そうににっこり微笑んでくすくす笑ってる。その顔が、先ほど合コンの場で見せていた可愛い笑顔と違って、妙に大人っぽい。
 コツっとヒールの音と共に彼女が一歩踏み出し、洗面台に腰を預けると不意に手を伸ばしてきた。彼女が掴んだ場所は私のベルトのバックル。
 あっと思ったときには引き寄せられ、ふわりと優しい香りを認識した時には、しっかりと彼女の腕の中にいた。
「とりあえず、ここまで」
 耳元で甘く囁きながら、彼女はバックルから指を一本いれてジーンズの淵をなぞり、背中に達するとシャツの中に手を通し、下から背を撫で上げた。
 あまりにあからさまな表現に、思わず固まっていると彼女がふっと笑った気配がした。その気配にからかわれたのだとわかる。
「残念だけど、興味ない」
 こういうからかいが一番嫌いだ。男にしろ女にしろ。
 不快を隠すことなく声にして、彼女の肩を押さえて離れると、そこには意外なことに真剣な表情があった。
「私みたいなのは嫌い?」
 少し頼りなげにそう呟かれ返答に困った。
「判断材料が無いのでなんともいえないけど、印象はよくない」
 好きか嫌いなかど、どうでもよくてとりあえずそう言ってみたのだが、目の前の彼女は傷ついた様子で、露出の高い服の裾をきゅっと握り締めた。
「ごめんなさい。あの、私、そんなつもりじゃなくて」
 俯いて、今にも泣き出しそうな表情を私は随分と冷めた思考で見つめていた。
 そんなつもりじゃなくて一体どういうつもりなのだろうか。
 泣きそうな可愛い彼女の前に、腕を組んで見上げてる今の状況は、私が彼女をいじめてるように見えるんだろうなと思うとため息がもれた。そのため息に彼女は慌てた様子で話しだした。
「あの。一ヶ月だけお付き合いしてください」
「は?」
「お願いです。本気なんです」
「………もしかして、酔ってる?」
 合コンが始まって結構時間がたっている。男性陣は女性陣を酔わせて外に誘う気だったようで、かなりハイペースで飲んでいる子が多かった。
 このアユちゃんも結構飲んでいたようだったし、もしかしたら私を男と勘違いしてるのか?
 そんな意味で尋ねてみたが、彼女はフルフルと頭を横に振った。
「酔ってません」
「それは、それで問題があるんだけど」
 さて、困った。いや、何マジメに答えてるんだろう。私も結構酔ってるのか。
 もう一度ため息を落とすと、今度はびくりと体を震わせた。
 おい、その態度はどうなんだよ。と心の中で呟いた。
「戻らない? そろそろ心配される時間だと思うから」
 話しこんで結構な時間が経過したはずだ。後からきた彼女はともかく、私は戻らないと心配されそう。
 完全に答えをはぐらかした形で私はその場を去った。
 
 
 そして、そのまま友人に返ることを伝えると彼女は大げさなくらい「なんで」と叫んだ。
「いや、帰りたいから。っていうか、もういいでしょ?」
 どうせ頭数合わせに呼ばれただけだろうから、全員が酔っ払い出した今なら一人くらいいなくなってもきっとなんとかなる。どうせ私がいたことなど誰も覚えてもいないだろうから。
 そんなやり取りをしているとアユちゃんも戻ってきた。
 男性陣が待ってましたとばかりに彼女を席に座らせる。
「じゃ、あとでお金払うから」
 それだけ言うととりあえずお店を出た。
「ちさ〜。ほんとに帰るの?」
 友人が追いかけてきてまだそう言ったが、彼女の肩をぽんと叩いていってやった。
「貞操の危機を感じるの」
「はぃい?」
「そういうわけだから。じゃね」
 それだけ言ってとりあえず帰ってきた。
 なんだか妙に疲れてその日はとりあえずそのまま就寝した。
 目が覚めたときにはそんな夜のことなどすっかり忘れていたのだが、そうもいっていられなくなるのはすぐだった。



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