それが恋の始まり
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ayumu side  1.
 二日酔いもなく、すっきり目覚めた次の日。
 
 土曜休みで天気はよく、洗濯日和であったこともあり、とにかく一週間に溜まったものをなんとか片付けていた。天気は本当によくて、お昼までに洗濯物は乾いて、それを畳みながらお昼ご飯は何を食べようかと考えていた。
 すると携帯が着信を知らせる。
 ディスプレイを見れば友人だ。
「はい」
『おはよう。ちさ、昨日の会計いい?』
 聞こえた声はやはり友人。彼女は彼氏持ちであるためか、それでも合コンで相手の誘いに乗る事はなかった。
「おはよ。お持ち帰りしなかったの?」
 意地悪く聞いてみるがカラカラと笑われただけで、あっさりと無視された。
『近くまできてるんだけど、お昼は食べた?』
 まだだと伝えると彼女はすぐ近くの喫茶店にいるらしい。丁度いいのでそこまで出かけることにした。
 
 
 住んでいるところから歩いて十五分くらいで到着すると、すでに友人の姿があった。が、その隣にもう一人女性が座っている。後姿しか見えないのでそれ以上の情報はなかったのだが、なぜかわかってしまった。
 とっさに回れ右をしたくなったが、友人が先にこちらに気がついてしまった。目が合うとひらひらと手を振ってくる。
 ここまできたら仕方がない。腹を括るしかない。
「おはよう」
「おはよ」
 お昼だけどとりあえずそう挨拶する。これは学生時代からのお決まりだ。
 丸いテーブルに三つ席がある。そのうちの一つに座って、斜め前、友人と並んでいた人物に目を向ける。
「おはようございます」
 その人もにっこり微笑んで挨拶をくれる。
 昼間に見てもやっぱり可愛い笑顔だった。
「で?」
 友人に一言で不機嫌を伝えると、彼女は困ったように眉を下げた。
「怒んないでよぅ」
「怒ってない。けど、初めに言って欲しかった」
「言ったらこないって、アユちゃんが」
 やっぱりか。なんとなくそんな気はした。友人がそこまで頭の回る人ではないことはわかっていた。
「とりあえず、お昼にしませんか?」
 きちんとお化粧した顔はとても綺麗で、何もしてないこちらはとても恥ずかしい気分になる。そう、私はすっぴんだ。友人だけだと思ってそのまま出てきてしまったのだ。
 どうも、このアユちゃんを見ると、負けていることを実感してしまうのでイヤだ。
 メニューを開いてとりあえず注文する。
「ここはね、ランチセット美味しいんだよ」
「そうなんですか? じゃあ、私はそれでお願いします」
 なんて、目の前で繰り広げられるささやかな会話にもなんか負けを感じてしまう。被害妄想か?
「ちさも同じ?」
「オムライスのセット」
 ランチなんだからランチセットにすればいいのに、といつものお決まり台詞が飛んでくる。そのやり取りにアユちゃんはくすくすと笑っている。でもそれはあのトイレで見せたものと違い、無邪気な笑みだった。
 
 
「川上さんって、"ちさ"さんって言うんですか?」
 本日のランチセット。クリームコロッケを頬張りながら世間話をする二人を眺めていたら、突然話題に参加させられてしまった。
「ちさは愛称。本名はちさとっていうんだよ」
「ちさとさん」
 答えたのは私ではなく、友人だったけどアユちゃんは私の名前を反芻するように呟いた。その笑顔がたまらなく可愛い。花を背負っているように見える。
 同性の私でそれくらい思うのだ。男性はまず放っておかないだろう。
「どう書くんですか?」
「漢数字の千に、知るにお日様をくっつけた字で、千智」
 これも答えのは友人だ。なにこと細かく教えてるんだと文句が出そうになる。
「アユちゃんは?」
「私ですか? そのまま、歩くって書いて歩です」
 初めて聞いた時も思ったけど、あまりイメージにない名前な気がする。もっと可愛らしい名前が似合いそうだ。ああ、だからみんなから「アユ」で呼ばれているのかも知れない。
 名前の響きにあってないのは私も同じだけど、私の場合は愛称の「ちさ」もあってない。
 
 
「それで、いくらだった?」
 あらかた食べ終わって、食後の紅茶が出てくると切り出した。
「ん? ああ、えっとね、三千五百円だよ」
 そういうと友人もごそごそとバックを漁る。お金を渡すとちゃんと手作り領収書が渡されるのだ。
「はい。確かに頂戴いたします」
 職業病なのか、そんな台詞と共に渡される紙を受取ると、アユちゃんが感心したように頷いた。
「私もそれもらいましたけど、全員に配ってるんですか?」
「うん。ほら、あとで色々面倒なことになるときってあるでしょう? だから一応ね」
 お金にシビアというか、面倒事を起こさないための策というか。ある意味抜け目ない性格をしているのかもしれない。そんな友人にひとしきり感心していたアユちゃんであるが、その存在がここにいることをそろそろ突っ込んでもいいだろうか。
「それで? アユちゃんはなぜここに?」
「返事をまだ聞いてないのを思い出したので」
 少しだけ寂しそうな笑顔で言われ、思わず舌打ちを洩らしそうになった。一気に険しくなった雰囲気に友人はいち早く紅茶を飲み干し、自分の分の料金をテーブルに置くと「じゃあ、私はここで」と言って去っていった。
 ある意味薄情な友人の行動であるが、私が同じ立場なら間違いなく同じ行動をとるだろうと思って咎め立てはしなかった。
 友人が完全に気配を消した店内で、一度ため息を落とした。
 さて、これからどうしよう。
 そのため息をどうとったのか、アユちゃんは俯いて「ごめんなさい」と謝った。
 
 
 窓に近い場所に座っていたため外から丸見えの場所から、少し奥まった席に移動して話を再開した。
「何の話だったっけ?」
「お付き合いして欲しいって話です」
 きっちりと先日と同じ文句を言ってきた。目の前に座る綺麗な顔を見つめてなんともいえない気分になる。
「あのね、一つ聞いていい?」
「はい」
「どうして私なの?」
 素朴な疑問である。いまだかつて女性から恋愛に関する告白を受けた事が無い。いや、男性にもないのだが。
「それは、川上さんが私のタイプだからです」
「それだけ?」
「それ意外に何がありますか?」
 心底不思議そうにするアユちゃんに、なぜかイラつくものが芽生える。
「タイプなだけで付き合おうなの?」
「普通そうだと思いますけど」
 普通。そうなのか。なんか、今度は頭痛がしてきた。
「ごめん。私、普通じゃないから、その考えがわからない。お付き合いって、お互いに好きだからするんじゃないの? 一方だけが好きじゃ成り立たないんじゃない?」
 その台詞を聞いてアユちゃんは目を見開いた。
「古風な考え方ですね」
「堅実だといって」
 お昼なだけあってそれなりに混んでいる店内で、女二人が顔を突き合わせて不毛な話をしているなと他人事のように思った。
 今日のアユちゃんはしっかりとした服装だ。白いブラウスに膝丈のフレアスカート。全体的にお嬢様な雰囲気が溢れている。なんでこんな可愛い子にお付き合いして欲しいなんて言われてるんだと、微妙に嘆きたくなっても誰も文句は言わないだろう。
「一ヶ月で私を落とせる自信があるんだ?」
 しばらくの沈黙の後、そう聞いてみた。するとアユちゃんは少し固い表情でじっとこちらを見つめてくる。
「自信はありませんけど、でも、今の立場から少しは近づけると思います」
「それってお友達からじゃダメなの?」
 ある意味、返事に困った時の常套手段の台詞だ。
 お付き合いはできないけども、あなたが嫌いなわけではないです。相手を極力傷つけない言い回しだ。
 しかし、アユちゃんはその台詞ににっこりと微笑んだ。
「ダメです。お友達じゃキスもできないじゃないですか」
「そう? お友達でもセックスする人もいるご時世よ?」
 この切り替えしには少しだけ言葉をつまらせた。
「快楽が欲しいんじゃないんです」
 少しだけ目元を赤くして答える。合コンにあんな露出の高い服できた子がする反応じゃないぞ。
 なんか、面倒になってきた。こりゃ、きっと埒が明かない。
「一ヶ月でいいのね?」
「え」
「いいよ。一ヶ月だけ付き合ってあげる。でも、私がアユちゃんを好きになる保証は無いからね」
 彼女のわけのわからない熱が冷めるまで待つしかない。これ以上不毛なやり取りを続けても意味が無い。それに、どうせ一ヶ月もしたら絶対に彼女から離れていく自信のほうがある。
 一応の釘は刺したし、いっか。と、軽い気持ちだった。
 
 
 しかし、この三日後、事態は急転した。



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