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想いの帰結
05
 連絡の行ったはずのセルバは港にいることが多い。そのため混雑する町中を通るよりは少し大回りでも、町の外周を走ったほうが早い。
 直行した船着場に出ると、別の港へ向かう船に荷物が次々と運び込まれているのが見えた。積荷を監視するのも仕事であるセルバなら近くにいるだろうと、馬首を巡らすことしばし。
 荷箱の上に陣取って煙草をふかす男を見つけた。
「セルバ!」
 名を呼ぶ前からこちらに気がついていたのだろう男は、ゆっくりと立ち上がって片手を挙げた。
「今、捜索を出したところです」
 目の前まで馬で乗りつけると、馬の鼻を押さえてクラウドが降りるのをぼんやりと見て言った。そのあまりにも怠惰な雰囲気に、一瞬だけ殺気のようなものがチリっと胸のうちをよぎった。それに気がついたのか、セルバと呼ばれた男はくっと口の端をあげて笑った。
「そう、急きなさんな」
 ゆっくりとした口調で言われ、思わず眉根が寄る。
「のんびりもしてられない」
「はは」
 しかし、だからといってこの巨大な港町を端から探すのでは一人ではどうにもならない事を知っている。結局はこの男と同じようにただ待つしかないのだ。
 腕を組んで、荷が運ばれる船を睨みつけているとふと、セルバが「ああ」と呟いた。
「そういえば、トラホスの娘がさっき来て海を見てましたよ」
 トラホスという単語が気に入らなかったのか、じろりと緑の瞳に睨まれる。
「わかるのか?」
「島国出身は海の見えないところにいると息がつまるんです」
 表面には現れていないが、相当苛ついている様子のクラウドにセルバは苦笑しつつ話を続ける。
「そうじゃなくても、水平線の向こうへ魂飛ばして見てる奴は大体トラホスの者です」
「ふーん」
 他人事のように話しているがこのセルバもトラホスの出身であったりする。クラウドはだからどうしたと、もう一度船に視線をやった。それ以上無駄な話は聞かないといった様子にセルバはやはりただ苦笑した。
「トラホスは平和なところです」
 体ごと視線を逸らしたディーディランの皇太子の端整な横顔を見ながら、独り言のように続ける声はちゃんと届いているだろうと確信しつつ、話を続ける。
「港には貴族のお嬢さん方も顔を出すんですよ」
 それはディーディランでもよく見る光景で、トラホスに限ったことではない。
「その中に有名なお嬢さんがいましてね。俺もよく見かけたんですよ。そのお嬢さんがさっきここにきましてね、正直こんなところにいるなんて思わなかったんで驚きました」
「顔見知りか」
 出身鑑定のネタばらしを聞きなんとなく出た言葉だろう。その言葉にセルバはくっとまた一つ笑った。
「ええ。髪は薄茶色に染まってましたが、見誤るわけがありません。トラホスの守り神ですから」
 その言葉に一瞬の間をあけ、ばっと勢いよく振り返ったクラウドにもう一度繰り返す。
「さっきってのは、本当についさっきです。商店街のほうに歩いていきましたよ」
 その言葉を聞くなり走り出した皇太子の後姿にのんびりと呼びかける。
「見つけられるんですか?」
 その言葉に階段途中でぴたりと止まってセルバを振り返った。
「お前らは?」
「さあ? 情報は少ないですからね」
 つまりは誰が行っても見つけられない可能性があるのだ。
「お前のところの守り神だろう。尾行させなかったのか」
「ですから、商店街で見失ったそうで」
 苦笑交じりの言葉を背中で聞いてクラウドは走り出した。
 

◇ ◇ ◇ ◇

 
 城下町から続く大きな街道は港町の中へ入ると三本に別れており、説明ではどれも港に続いているらしい。ということは、大きな道を歩いていけば必然的にもとの街道に戻れるということだ。
 その大きな道を歩いているのだが中々前に進めない。それと言うのも国内外のお客でごった返しており、つい沢山ある商店を覗いてしまうのは仕方がない。それはスノーリルも例外ではなく、興味をひかれつい店先を覗き込んでしまう。
 トラホスも港町は活気づいているが、さすがにディーディランは規模も違えば、売っている物も数も半端ではない。人通りも多く、真ん中を歩くとあっとういう間に流されてしまうのもトラホスの比ではない。
 それでも初めての港町でもない。スノーリルは流されつつもきょろきょろと店を覗きながら歩いていた。
 始め目立っていたのは海産物だったが、徐々に作物やら雑貨やらなどになり、服飾、鍛冶屋、お茶屋、硝子屋など国の特色も出てくる。
 そんな中にぽつりと狭い場所を陣取って何かの細工を売っている店があった。
 男性が一人座って作業しているだけで、売り子の姿は無い。少し不思議な店だった。
「いらっしゃい」
 覗き込んだスノーリルに声をかけるがそれだけで、商品を売る気があるのかも疑わしい。
 しばらく男性の作業を見ていると、何かドロドロの液体を棒で掬い取り、形を作っている。ここがディーディランであることから硝子細工かとも思ったのだが、随分と甘い匂いがあたりに漂っている。
 クルクルと器用に回る手の中で、ただのドロドロの液体だったそれは形をなし、最終的に白い馬になった。よくよく店の中を見てみれば、あちこちに出来上がった作品が並んでいる。ほとんどが白い生き物の形をしていた。
「あ。守り飴」
 白は神の色。その色を持つ生き物は神の使いとされる。その動物を模した飴を守り飴と言って、結婚などの約束事をする際に使われたり、旅に出る人へ贈ったりするものだ。祝いや、安全を神に祈るという意味で。
 今は薄茶色になっている自分の髪の先をちょっとだけ摘まんでくすりと笑う。
 物言わぬ動物ならば畏怖があろうとも悪くは言われないのに、それが同じ人間なだけで疎まれる。彼らと自分が違うのはただこの色だけだというのに。染めてしまえばスノーリルは普通の女の子と同じように扱われる。所詮はその程度のものでしかないはずなのだ。
「一つどうだね?」
 自嘲気味に笑っていると、細工を作っていた男性が声をかけてきた。
「ごめんなさい。お金ないの」
 するとそれ以上は興味がないように男性は作業に戻った。
 また液体を掬い、クルクルと回しながらあっというまに羽ばたく鳥を作る。その作業をスノーリルは感嘆の吐息と共に見つめていた。
「ずっと不思議だったけど、こうやって作ってたの」
 トラホスで飴といえば丸か四角で、どうやってこんな風に複雑なものを作るのか不思議だった。作業しているところを見れば鋏しか使ってないが、それでも人の手で一つ一つ作られているのがとても新鮮だった。
「大事に一つずつ作るから意味があるのね」
 中には贈られても「飴なんか」と言う人もいる。しかし、効果のほどではなく、そこにはちゃんと贈った人と作った人の祈りが入っているのだ。どこか神聖なものを感じるのもそういったものかもしれないと、ふと思っておもわず微笑んだ。
「一つやるよ」
「え?」
 男性は作ったばかりの鳥をスノーリルの前に差し出した。
 しかしスノーリルは首を振って断った。
「ありがとう。でも本当にお金もないし、それにもったいなくて食べれないわ」
 素直にそう言うと男性はぷっと吹き出して、その鳥を引っ込めると、近くにあった丸いだけの飴を差し出した。
「褒めてもらった礼だ」
 一瞬、きょとんとしたが、そこまで言われて受取らないほうが失礼だ。
「ありがとう」
 お礼を言ってその飴をありがたくもらった。
 スノーリルが受取ると、男性はまた何事もなかったように作業に戻った。その姿を少しだけ見つめ、あまり居るのも邪魔だと思い、人の流れに乗って歩き出した。
 
 少し歩いた先はどうやら憩いの場のようで、子供たちが走り回れるほどの広さがある。広場の周りには、休憩する人たちのために蔓植物を巻きつかせた棚で日陰が作ってあり、その下に長椅子が沢山設けてある。
 スノーリルも一息入れるために日陰の中に入った。上を見上げると薄い黄色の小さな花が房をなして釣り下がっている。
「お嬢さん、そこいいかしら?」
 声をかけてきたのはもちろん知らない婦人。腕に小さな赤ちゃんを抱いている。スノーリルの側の席がちょうど一人分空いているための質問だった。
「どうぞ。可愛いですね」
「ありがとう。ああ! ジム!」
 声をかけた先には少年が一人ちょうど転んだところだった。どうやら親子のようで、母親の彼女が座りかけた腰を上げる。それを制してスノーリルが少年に駆け寄り起こしてやる。
「大丈夫? 怪我はない?」
 派手に転んだわりに怪我はなく、どうやら転んだこと自体に驚いて泣いている様子の少年に、思い付きでもらった飴を見せる。すると現金なものですぐに泣き止んで、目は白い飴に釘付けだ。
「はい。お母さんのところに行こう?」
 手渡した飴を受取って素直に頷く少年の頭を撫で、母親のところに一緒に戻る。
 しきりと謝罪とお礼を言う母親に笑顔を向けていると、ふいに隣に誰かが立った。
「!」
 驚いたのは気配がなかったことではなく、突然抱きこまれたからだった。
 あまりに唐突で何が起きたのかわからず固まってしまう。しかしそれも一瞬で、とにかく離れなければともがくがまったく動かない。
「…えっと…あの! 人違い、ではないですか?」
 このディーディランで知り合いに抱き込まれる覚えがスノーリルには全く無い。
 いや、これがカタリナであるのなら問題はないのだが…。
 これだけ大きな港町で、今のスノーリルを見つけられる人物がいるとしたら、それはカタリナくらいなものだと思う。しかし、どう見ても体格や固い感触は男性のものだ。
 真横から抱きしめられているため視界にはその人の腕だけしか見えない。視線を上げるとマントが掛かる肩が見える。顔はスノーリルの頭の上にあるため全く見えない。
「あの…」
 危機感は無く、ただどうしてこの状況になっているのかがわからず、途方に暮れて視線を戻すと、呆気にとられた様子で母親が目を見開いている。
 その視線に助けを求めるべきかを思案し始めたスノーリルに、その人が安堵の息と共に声を発した。
「リル」
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