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捜索の行方
16
 せっかくの情報を目の前に、腕を取られて立ち去るしかなかったスノーリルは、今王城の中をやはり腕を取られたままの形で歩いている。
 かなりご立腹の様子なのはよくわかっている。綺麗な顔がものすごく綺麗に怒りを表現している。それは目にする人全てを退けるほどの怒りだ。
 廊下で会う侍従や侍女たちが皆一斉に避けていく。
「エスティ。どこに向かってるの?」
 後宮を出てしばらくは抵抗らしきものをしていたが、ここまでくるともうどうにでもなれという感じだ。シルフィナには明日にでももう一度会えばいい。
 早歩きで歩いている中、ちらりと後ろを振り返るとカタリナがちゃんと付いてきている。そのカタリナに目で問うが苦笑が返ってくるだけで返事がない。仕方なく、そのまま歩いていると廊下に見知った顔が現れた。
「エストラーダ姫。こんなところで何をなさっているのですか?」
 声をかけてきたのはアルジャーノン大臣の侍従。サミュエルだ。驚いた様子で手に持った書類を一枚落してしまっている。
 エストラーダは彼を見るなり速度を上げて、確認に入る。
「サミュエル、貴方がいるということは会議中ね?」
「ええ、はい。ですが…姫様方? いけません!」
 サミュエルの制止の声を無視してエストラーダはどんどん歩く。ふと、この辺りに見覚えがあることに気がつく。廊下に侍従たちが数人いて話をしている。その先にある大きな扉が目に止まった。
「ここ…」
 いつかきた会議室だ。
「エストラーダ様」
 廊下にいた侍従の一人が声をかけてきた。その声に反応するようにぴたりと足を止め、エストラーダがその人物を睨みつける。ここでようやくスノーリルは解放されたのだった。
 
 
「シェルシーク」
 低く低く呟かれた名前に、侍従は引きつった愛想笑いを浮かべた。
「姫、そんな怖い顔をしてると男が逃げますよ」
「貴方がいるということは」
 侍従の顔を見てからエストラーダは会議室の両扉を勢いよく開け放った。
 会議室にいた大臣以下重役たちが一斉にこちらに目を向ける。皆驚いたように目を丸くしてエストラーダを見た。
 一方、エストラーダはその場にいた、本来ならばここにいるはずのない人物に矛先を決め、第一声を発した。
「マストリーグ! この、詐欺師が!!」
 ものすごい大音声…というより怒号に近い。鼓膜がびりびりと振動するほどの怒声だったが、呼ばれた本人はけろりとしてこちらをにこやかに振り返った。
「おや。我が姫。ご無事でなによりです。ご機嫌いかがかな?」
 さらりと返したその返答に、さらにエストラーダの怒りがつのる。握りこんだ拳が怒りで小刻みに震えるほどだ。
「ええ、おかげでとっても悪いわ。貴方、いつから企んでいたのか正直に話しなさい。いいえ、気がつかなかった私が悪いのは認めるわ。でもね、だからって何も知らせないなんて、不忠もいいところだわ!!」
 少し困ったように、それでもにこやかに笑う男性に照準を合わせて怒鳴りながら歩み寄る。その剣幕に負けないこの男性はおそらくミストローグの大臣か何かだろう。
 スノーリルはあまりのことに扉のところで突っ立ったまま事の顛末を見ていた。
「姫…」
 そんな中、廊下からあの赤毛の麗人が苦笑しつつやってきた。隣にサミュエルがいるところを見ると、どうやら彼が呼んできたようだ。レイファはスノーリルに一礼すると会議室の中に入り、エストラーダと男性の間に立って諌め始めた。
「姫様。お怒りをお静めください。ここはディーディラン国の会議室ですよ。ミストローグの恥じを晒して何が楽しいのですか」
「レイファ。分かっているわよ。私が許せないのは、この男が私に一言も相談をしなかったことよ」
「言ったら、せっかくアリス王子がラウジードを手懐けたのがダメになりそうだったからで、決して除け者にしようとか思ったわけではないのです」
 男性も弁解を口にするがエストラーダの怒りは治まりそうもない。
 ディーディランの大臣たちも途方にくれ…一部面白そうにしている人もいたが、この場をどうしようと困惑し始めた頃、酷く冷めた声がその場に落ちた。
「その辺で止めないか」
 呆れたような、感心がないような。それでいて、厳格な重さを感じる声。
 その声でようやくエストラーダも怒りを静めたようだった。
「貴方も知っていたのね? クラウド王子」
 呼ばれた男性は酷く静かにエストラーダを一瞥した。
「それで?」
 たった一言尋ねると、エストラーダは柳眉をぴくりと上げた。
「なにもないわ! お騒がせしたわね」
 そう言って踵を返そうとすると今度は呼び止められる。
「待て。ついでだから署名だけしていけ」
 その物言いに、さしものエストラーダも盛大にため息を付いた。
「あのね、貴方。もっとほかに言いようはないの? これでも国の代表をしてるのよ? ついでってことはないでしょう」
 どうも喧嘩する相手が悪いというか、こちらだけが消耗するというか。無表情にただ淡々と事を進めるクラウドに、エストラーダも諦めたようだ。
「その前に、姫、いいですか?」
 それまで黙っていた男性マストリーグが扉を見て首をかしげた。
「あの方がトラホスの?」
「あ。ええ、スノーリル王女よ……スノー?」
 それまですっかり忘れていたようにエストラーダが振り返った。マストリーグが示した方角にはスノーリルが立ったままだ。しかし、どうも様子がおかしい。
「姫の醜態に驚いたのでは?」
「そんなわけないでしょう」
 エストラーダの声にマストリーグは「おや」と眉を上げた。
 
 
 目の前で繰り広げられる言い合いを聞いていると、どうやらエストラーダの国の人の様子で、これがアルジャーノン大臣の言っていた「今日届く結果」だろうと思った。
 柔らかな金髪の男性で、エストラーダよりも年上の男性はものすごく落ち着いて見えた。
 雰囲気がアルジャーノンに似ていると思ったが、彼のほうが大臣よりも若いことを考えるとこっちのほうが厄介かもしれない。
「スノーリル姫。大丈夫ですか?」
 声をかけてきたのはサミュエルだ。レイファを呼びに走ったのだろう、少し息が上がっている。
「サミュエルさんのほうこそ大丈夫ですか?」
 問うと困ったように笑って、同じようにまだ怒りの収まらない様子のエストラーダと金髪男性の会話に目をやる。レイファが止めに入って少しは落ち着いたようだが、それでも周りを気にかける様子もなく男性に詰め寄っている。
 誰がこの場を沈めるのだろうと思っていると酷く落ち着いた声が割って入った。
「その辺で止めないか」
 よく通る声で、エストラーダが持ち込んだ熱を一気に下げるほど冷たい響きがあった。その声でそれまで全く気にもしていなかった人物に目を向け、そこでスノーリルは固まった。
 一度入ったことのある会議室の一番奥、一番大きな椅子に座っていたのは黒髪の男性だった。エストラーダが「クラウド王子」と呼んだからには、その人である事は間違いない。
「スノーリル様?」
 無意識にカタリナの袖を掴んでいて、その行動にカタリナが声をかけてくる。
 エストラーダもこちらを振り返り、スノーリルを呼んだが、全く耳に入らなかった。
 いや、その場にいる全てが世界から排除されたように、スノーリルの前から締め出された。
 聞こえるのは自分の心臓の音と、見えるのは遠い位置ではあるが間違いなく視線のあった黒髪の男性。
「スノー? どうしたの。大丈夫?」
 エストラーダが視界を遮ったことでようやく元の世界に意識を戻した。
「……あの、えっと」
 ちらりとエストラーダの背後に視線をやると、何かに気がついたように「ああ」と声を出して、スノーリルを会議室の中に入れた。
「クラウド王子、こちらがトラホスのスノーリル王女。もっとも、紹介はいらなかったかしら?」
 白い髪を見れば誰もがトラホスの「白姫」だとわかる。エストラーダの紹介に、案の定、クラウドは「わかってる」とだけ答えた。
「クラウド、王子」
「スノーリル様…」
 ぽつりと呟かれた声に、カタリナが少し驚いたように名前を呼ぶ。それに視線だけで答えて、一度大きく息を吸い込んだ。隣にいるエストラーダを無視して、驚いている金髪男性の横を通り過ぎ、椅子に座ったまま無表情にこちらを見ている男性に近付いた。
 見下ろす形でしばらくじっと見つめた。
 合った瞳は鮮やかな緑色。
 なぜかその場に、にわかに緊迫した空気が張つめ、ともすれば何かのきっかけで斬りあいでも始まりそうなそんな緊張が会議室を満たし、誰もが呼吸を忘れ二人を見つめていた。
 その中で、スノーリルは静かに息を吐き出して、にっこりと微笑んだ。
 
「貴方はクラウドよ。これでいい? 妖精さん」
捜索の行方 終わり
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