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捜索の行方
15
 後宮には初めて訪れる。
 カタリナを伴い向かった先は普通の廊下だった。
 遠目に見た後宮は高い壁に囲まれていたのだが、入り口はそんな事を感じさせない。窓のない渡り廊下で外の様子を窺えないので当然といえば当然だ。
 扉というよりは門扉のようなものがあり、その前に兵がいる。
 名前を告げるとカタリナの他に従者がいないからか、あっさりと中に通された。
 スノーリル自身がそもそも特別な容姿をしているため間違うこともないだろう。一度個室で待たされると、招待状を持ってきた侍女ポーラが現れた。
「エストラーダ様はすでにお着きです」
「お相手はシルフィナ様だけ?」
「はい。シルフィナ様もだいぶお困りのようでした」
 それは、そうだろ。あのエストラーダだ。
 少し苦笑してポーラの後に続くと、広い庭園に出た。一つ大きな木があり、広範囲に広がった枝の木陰に優雅にお茶会を開いている。
 近付く前にどうやらこちらに気がついたらしく、シルフィナが席をたってこちらに歩いてきた。
「よかった。もう私一人ではどうにもならない気がしてたの」
 少し疲れたように肩を落として呟いた。
 エストラーダはというと、遠目にもどこかイラだった雰囲気がある。
「お疲れ様です。とりあえず、夕食までですか?」
「ええ。お願いね」
 初めて会ったときはエストラーダに良く似ていると思ったのだが、どうやらエストラーダには負けるようだ。勝気な緑の目は今日は少し弱気になっていた。
「御機嫌よう」
「嫌味?」
 スノーリルが声をかけると、誰もいないことをいいことに、不機嫌全開で声を投げてきた。
 それを受け、スノーリルは苦笑した。これではシルフィナでも手に余るだろう。
 席につくとポーラがお茶を持ってきてくれた。
 この場にいるのは王女三人とカタリナとポーラの五人だけだ。エストラーダにはいつもいるレイファがいない。
「レイファさんはどうしたんですか?」
 騒動が治まったのだからいてもいいはずだ。それともまさか侍女全員が捕まったのだろうか?
 スノーリルの質問にエストラーダは少し表情を緩めて向き合った。
「そうだわ。こちらの騒動に巻き込んでしまってごめんなさい。アリスガードがいたからそれはないと思っていたけど、それでも怖かったでしょう?」
 どうやらあの脅迫の一部始終を知っているようだ。
「エスティはどこまで知ってたの? 私を脅迫してたことも知ってました?」
 あの開園式で脅迫してきのは間違いなくアリスガードだ。それは本人の口からも肯定と取れる回答をもらっている。
 スノーリルの質問に、シルフィナも興味を持って聞いている。エストラーダは小さくため息を落として話し出した。
「ミストローグは二つの勢力に分かれていたの。父と私を支持する派と、叔父とアリスガードを指示する派に。でも、アリスは元々私の右腕として働いてもらっていて、あの子が私を裏切る事はないわ。それは、信じていたから」
 花嫁候補の招待状が叔父ラウジードに渡ったのも意図的である。送り主は一応ディーディラン国王ということになっていたが、それも疑わしい。それでも、この問題を解決しなければ王権はラウジードにいってしまう。アリスガードを国王にするのだと大義名分を立ててはいたが、実際のところは違った。
「スノーを脅迫したのは警告のつもりだったようなの。侍女たちは私を本気でディーディラン王妃にするつもりだったようだし。まあ、アリスがそれに便乗してついてきたんだけど…まさか、私の暗殺まで示唆されていただなんて、正直驚いたわ」
 ラウジードが暗殺を企てていることを知って、アリスガードはラウジードの策略に乗ることを決意した。敵側にいるほうがエストラーダを守りやすかったのだ。
「いい弟君ですね」
「ほんと。うちのアトラスみたいね」
 王位が欲しければ手に入れられるところにいるのに、本人がそれに興味がなく、逆に兄、姉を立てている。
 シルフィナの言葉にエストラーダはようやく微笑んだ。
「全く、いい弟に恵まれたものだと正直思ったわ。きっとクラウド王子も思ってるわよ」
「それでは、アリスガード様は罰を与えられることはないんですね?」
 怖かったのは本当だが、そこまで姉を思ってのことだ。それにこちらに命の別状はない。ほっとしたようにスノーリルがいうとふとカタリナが呟いた。
「アリスガード様は何度かスノーリル様と接触していますが、全て同じ警告ですか?」
「カタリナ?」
 よくわからない話にスノーリルが尋ねると真剣な表情で言った。
「あの小剣です」
 離宮で見つけたほっそりとした剣のことだ。実は今も持っている。スノーリルはあっさりとしたものだったが、あれは間違いなく脅迫の意思を伝えるものだろうと思っていたのだが、実は違うのだろうか?
「ミストローグでは抜き身の剣を吊るす、何か儀式みたいなものはあります?」
 スノーリルの言葉にエストラーダは首をかしげた。
「いいえ。そんなものはないわ。ディーディランにもないわよね?」
「ええ」
 二人の返事に少し黙りこむ。ということは、つまりアリスガードがしたわけではなく、誰か別の人間の仕業だということだ。
「…あの襲撃の時もアリスガード様が追ってきたみたいだったけど」
「え? アリスが?」
 それ以外にも追いかけてきた人物はなんだったのか、スノーリルは知らない。知らないが、アリスガードとは違う目的だったのはわかる。
「私を監視していたわけではないのですね?」
 スノーリルの言葉にエストラーダは驚いたようだった。
「私は指示してないわ。スノー、貴女監視されてるの?」
「ええ。いくつか」
「いくつかって…」
 さらりと言った台詞に、ディーディランとミストローグの王女二人が顔を見合わせる。
「スノーリル姫。もしかしたら狙われているの?」
 シルフィナが監視のつく最もな理由をあげる。
「ええ、おそらく。私がここに来た理由を考えれば、狙われても当然だし、そのための監視がつくのも当然です。アリスガード様の警告も、もしかしたらそれかと思ったんですけど」
「それ?」
 エストラーダが眉を寄せたのを見て、少し意外だった。
「初めて脅迫を受けてから、アリスガード様だと思われる人物を見たのは結構あります。ずっと敵だと思っていましたけど、夜会の襲撃の時は少し違った気がして。メディアーグ夫人のお茶会で会ったときに、もしかしたらエスティが私につけた監視かと思って、あの時聞こうと思ったんですけど…」
 それは叶わなかった。
「アリスガード様は私が他にも狙われている事を知っていたのかしら?」
「ちょっと、待って。スノー…」
 ここまで黙って聞いていたエストラーダが少し声を低くして尋ねてきた。視線を上げるとものすごく険しい顔した美女が真剣に聞いてくる。
「それは、貴女が皇太子妃になるのを阻止するために狙われている、のではない。ということ?」
 ゆっくりと確かめるように尋ねてくるエストラーダに、スノーリルは目を瞬いて目の前の美女を見る。
「ええ。建前の問題はすでに解決してるので心配はしてなかったんですけど」
 スノーリルが白異であることを理由に、王妃にもそれなりに納得してもらったし、おそらく誰もスノーリルが皇太子妃になれるだなんて思っていない。それはすでに解決済みで、手を打つ必要はなかった。
「建前?」
「はい…?」
 怪訝そうに聞いてくるエストラーダに返事を返して、少し首をかしげた。
 エストラーダとの話がどこか食い違っているような気がしたのだ。
「あの、エスティ? 私がここに来た理由は花嫁候補としてではないです」
 初めて会ったときにそのような会話をした気がしていたのだが、どうやらそれはスノーリルだけが思っていたことのようで、エストラーダの表情は一気に険悪なものになった。
「本当の理由を伺ってもよろしくて?」
 棒読みに低く紡がれた声に、拒否権はなかった。しかし、言ってもいい事なのかの判断は難しい。少し振り返ってカタリナを見る。
「ディーディラン王から"太陽王"へ依頼があり、スノーリル様はここにきました」
 随分と簡潔な言葉だが、全てを語らなくてもエストラーダならばわかるだろう。
「エストラーダ姫は私にもおっしゃいましたよね? スノーリル様は太陽王の娘だから…と」
 カタリナも不思議そうに首をかしげていた。何を今さらと言った感じで。
 しかし、当のエストラーダはどんどん怖い顔で微笑んでいく。
「そうね。ええ、確かに私もそう言ったわ。太陽王がどういう意味なのか知っていたし、スノーの立場を考えると、よからぬことを企む人間は出てくると思ったから、そう言ったのよ」
 カタリナを見て話していたが、唐突に音をたてて立ち上がった。
「カタリナ、貴女ちょっときなさい」
「え? カタリナ?」
 カタリナを引っ張り、少し離れたところでなにやらひそひそ…少しエストラーダの声が聞こえているが、なにやら話しこんでいる。
 その様子を最初あっけに取られてみていたが、シルフィナに向き直るとテーブルに片肘を付いて顎を乗せ笑っていた。
「エストラーダはどうやら問題の外に置かれていたようね」
「シルフィナ様は全部知っているんですか?」
「さすがに全部は知らないわ。ディーディランの状態だったらエストラーダよりは知ってるかもしれないけど。もしかしたら、スノーリル姫がここに来たのは、エストラーダと同じくらい有名だからだと思っていたのかもしれないわね」
 実際問題として、エストラーダと同じくらい注目を集められる姫はそうはいない。
 ディーディラン貴族を混乱させ、その間に問題を解決できれば上々。
 それに"太陽王"を知っている人間ならば、スノーリルを嫁がせたいだろうし、逆に他国は嫁がせたくないはずだ。事態はスノーリルが思っている以上に混乱を呼んでいたのだが、当のスノーリルは知らないところだ。
 深刻になにやら話しこんでいる二人を遠目に、お茶を飲んでいたのだが、ふとシルフィナに聞きたい事があったのだと思い出した。
「シルフィナ様はメディアーグ夫人をご存知ですか?」
「メディアーグ? ええ、ミアさんでしょう? 知ってるわよ」
 ディーディランの王女が「ミアさん」と呼ぶことに首をかしげた。
「メディアーグ様は知ってます?」
「つまり、夫のほう? ええ、知ってるわよ」
 唐突な質問に、シルフィナは少し不思議そうにしながらも答えてくれる。
「その人の弟君ってご存知ですか?」
「弟? ええ、もちろん。よく知ってるわ」
「そうなんですか?」
 情報を手に入れるのに困難だった人物であるのに、「よく知っている」というあまりにも意外な答えにスノーリルは驚いて声を上げた。その様子を面白そうに笑っていたシルフィナが答える途中…。
「ええ、だって…」
「スノーリル!!」
 大音声で名前を叫ばれた。
「はい!」
 思わずいい返事をして呼ばれた先を見ると、ものすごい形相でこちらに向かってくるエストラーダを目にした。一気に嫌な予感に襲われる。
「え。ど、どうし…」
「スノー。貴女ちょっとつきあいなさい!」
「ええ?? エスティ? 待って、あの…」
「がんばってねー」
「シルフィナ様!」
 勢いよく腕をとられて、あっという間に立たされると、そのまま引きずられるように出口に向かう。その背中にシルフィナののんきな声がかかったが、スノーリルは目の前にあった真実から強制的に連れされてしまった。
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