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捜索の行方
14
 あの脅迫から五日。アルジャーノン大臣がスノーリルの部屋を訪れた。
 
「今回は騒動に巻き込みまして。本当に申し訳ありませんでした」
 会うなり深く頭を下げた大臣に、スノーリルは慌てて頭を上げるように言った。
「謝る必要などありません。これは私の問題でもありますし、相談しなかった私にも非はあります」
 立ち話もここまでで、席に着くとすぐにアルジャーノン大臣はことの成り行きを話してくれた。
 今回の問題はスノーリルがディーディランに来る半年前から始まっていた。
「我が国はミストローグ国と同盟を結ぼうとだいぶ前から働きかけていたのです。それをミストローグ国王が受け入れてくれまして、晴れて同盟にとなったところで当のミストローグ国王がお倒れになったのです」
 その知らせはその日のうちにディーディランにも届いた。
「これでまたしばらくはこの話も頓挫すると思っていたのですが、その三日後に継承者であるエストラーダ姫から伝書がありました」
 父王の強い勧めで次期国王として同盟を結ぶ意志があるということだった。ディーディランとしても次期国王の名での同盟ならば願ってもいない。エストラーダの才覚は隣国にいても知れ渡っていたこともある。
「しかし、いざ同盟となるとまた邪魔が入ったのです」
 公にはされていないが、エストラーダの暗殺未遂があったらしい。これは優秀な補佐官とエストラーダ自身が撃退したということだが、未遂続きの暗殺は徐々に手段を選ばなくなってきた。それでも妨害にも負けず同盟を進めるエストラーダにディーディランから花嫁候補としての招待状が届いた。
 これをエストラーダが受取ったのならもしかしたら事態は回避できたかもしれないが、どういうわけか受け取り人は王弟ラウジードだったのだ。
 それを聞いて、十分胡散臭いと言っていたエストラーダの言葉を思い出す。
「ディーディラン側にも反対派がいるんですね?」
 スノーリルの指摘にアルジャーノン大臣は頷いた。
「初めはエストラーダ殿もこの話を撥ねつけるおつもりだったようだが、ここは一つ、この策略に乗ってやろうではないかという事になりました」
 ミストローグにいる反対派と、ディーディランにいる反対派が仕組んだ事だというのは十分わかっていたからだ。上手くすればもしかしたら黒幕の尻尾を掴まえられるかもしれないと踏んだのだ。
 しかし、関わる人間が多すぎることと、意外に巧妙に隠されていることで中々尻尾を掴めなかった。
「そこで、陛下が一計を案じたのです」
 花嫁候補を探しているのだからどこに求めてもよいわけだな。と、ディーディラン国王はにやりとして大臣に言った。
 トラホスの"太陽王"は国の核にいる人間ならば誰でも知っている。トラホスはその力を悪用した例は一度もないが、決して自らが率先して動くこともないことを知っている。
「両国の和平同盟を成立させる事が目的で、それを邪魔する人間を調べるのに力を貸して欲しいと陛下がトラホス王に密書を送ったのです」
 もちろん、ただで力を貸してもらえるとは思っておらず、それ相応の条件をつけて。
 そして、結果。トラホス王はこの条件を飲み、力を貸してくれることになったのだ。その橋渡しがスノーリルであったことはすでに彼女も知っている。
「それで、尻尾をつかんだんですか?」
「ええ。危うくスノーリル殿の命と引き換えになるところでしたが」
 スノーリルを脅しにきたアリスガードが全てを自供した。それを見て侍女たちも知っていることを全て吐き出した。
「アリスガード殿は叔父で王弟であるラウジードに、姉であるエストラーダ殿の暗殺も示唆されていたようですが、彼は元々エストラーダ殿が国王になるべきだと思っている人です」
「え? でも……そうですか」
 話しの内容と、スノーリルの受けたものがあまりにも違うが、あの時。真意を尋ねたスノーリルに、それまで無表情だったアリスガードが一瞬だけ崩した表情はスノーリルを殺すようには見えなかった。だからこそ強気に出られたのだと思う。
「それでは、アリスガード様が国王になりたかったわけではないんですね」
 ポツリと洩らされた言葉に、アルジャーノン大臣は一瞬だけにやりと口の端を上げた。
「彼のおかげでこちら側の人間がどれだけ関与しているのかもわかりました。まあ、それでも極一部だとは思いますが」
 あの脅迫のおかげで解決したものもたくさんあるようだ。
「スノーリル様の身はもう大丈夫だということですか?」
 それまで黙って聞いていたカタリナがアルジャーノン大臣に尋ねる。すると大臣はにっこりと微笑んで頷いた。
「今回の黒幕はミストローグのほうで何とかするそうです。もう手が回っていることでしょう。おそらく今日辺りには結果が届くかと思います」
「そうですか」
 スノーリルは黒幕が誰かなど聞いておらず、二人の会話を首を傾げて聞いていたが、そこはあえて聞かなかった。
「ですが、完全に気を抜きませんようお願いします」
 アルジャーノン大臣の言葉にカタリナは神妙に頷いた。
 これで一つの騒動が終わったようだ。ということはスノーリルも役目を果たしたということだろうか。
「あの、それで、私はこれからどうしたら?」
 明日帰れと言われるのは少し待って欲しくて尋ねたが、アルジャーノン大臣は少しだけ困った顔をした。
「エストラーダ殿がお帰りになってからということになりますので、もうしばらくはいていただくかと思います。ただ、エストラーダ殿が今日にでも帰ると言いまして、レイファ殿とアリスガード殿で必死に止めています」
 あれだけ国を心配していたエストラーダだ、それは早く帰りたいだろう。だがアルジャーノン大臣の顔を見ると、それは困ることのようだ。少し首をかしげたスノーリルに気がついてアルジャーノン大臣が言いたす。
「せっかくディーディランにいるのです。同盟も結んでいって欲しいのですがそれには準備がいりまして。せめて明日まで待っていただきたいのですよ」
 権限は与えられているとはいえ、一人で勝手に署名するわけにはいかない。そこには複数の名前が記される。今まではミストローグを離れるわけには行かなかったが、今回の一件で同盟の話は実を結びそうだった。
 今日届くという結果を持って誰かくるのだろう。
「なんにしても、これで一つ頭痛の種が消えました」
 まだまだたくさんあるのだろうが、一つでも解消したのなら良かったのだろう。
 スノーリルは微笑んで大臣を見たが、目の前の大臣もにこにことしたので首をかしげた。
「なにか?」
「いえ、ところで探し人は見つかりましたかな?」
「ああ。いいえ。あれから行動を控えていましたから」
 事件から五日という時間があったが、さすがにすぐにマーサを動かすのは気が引けたし、周りが騒がしかったこともあって聞きだす状況でもなかった。ただ、優秀な侍女であるマーサだ。それなりの噂は聞いてきていた。
「あの、メディアーグ様は養子だという噂ですが、大臣のおっしゃる弟とはミアさんの弟君ですか?」
 メディアーグ家はミアに血筋があり、夫はいわゆる婿養子であるそうだ。ただ、なぜかそれについては侍女の間では禁句のようで、あまり話しには上らないそうだ。というより、警戒されているとマーサは言っていた。
「いいえ。ミアに弟はいません。彼女は天涯孤独の身ですから」
「…そうなのですか」
 あっさり出てきた言葉に、スノーリルはどう反応していいのかわからずただ頷いた。天涯孤独ということは親兄弟はもちろん、近しい親族もいないということだ。あのたおやかな女性にそんな過去があるとは露とも思わず、それでもあの笑顔は本物だと思う。
「幸せなんですね」
 誰に聞くともなく洩れた言葉にアルジャーノン大臣は「ええ」と肯定した。
「では、私はこれで」
「あ。はい。ありがとうございました」
 忙しい中、事の報告に来てくれた大臣が暇を告げると立ち上がった。スノーリルもそのあとに続き扉まで送った。
 すると丁度廊下から一人侍女がやってきた。
「おや? ポーラ。シルフィナ様かな」
「アルジャーノン様。はい」
 そこで扉の中にいるスノーリルに気がついたようだ。
 驚いたようにして一礼し、アルジャーノン大臣が去るのを廊下の端に寄って待った。それをみて大臣もそれではと去っていった。
「お初に目に掛かります。私はシルフィナ様の侍女でポーラと申します。シルフィナ様から言付けを預かってまいりました」
 入れ替わるように前にでた侍女は、少し緊張した面持ちで挨拶をすると、二つ折りに封をされた紙を差し出した。
「お茶のお誘いかしら?」
「はい」
 扉の前に立ったままスノーリルは封を切って中を確認した。一読し、ふむと考えてからカタリナを見た。良いかと視線で問うと頷きを返してくれた。
「わかったわ。お伺いすると伝えてくれる?」
「はい。わかりました。では、お待ちしております」
 侍女は優雅に一礼すると去っていった。
「どうやらエストラーダ様引き止め作戦みたいね」
 侍女が去った廊下を見て扉を閉めたカタリナに、スノーリルが面白そうに笑ってそんな呟きをもらした。後ろに続いて歩くカタリナにスノーリルは先ほどもらった紙面を見せた。
 そこには、エストラーダを引き止めるのに助力を請うと書かれていた。
「あの方は意外に直情型なのかもしれませんね」
 いつも余裕のある態度で周りを見渡しているエストラーダだが、本来はものすごく感情の激しい人なのかもしれない。それは時たま垣間見てもいた。
「シルフィナ様ならメディアーグ様のことを知ってるわよね。きっと」
「そうですね。あの方なら知っているかもしれません」
「それにしても、シルフィナ様とエストラーダ様は仲がいいのかしら?」
「お茶会の時、随分と親しそうでしたよ」
「そう」
 あの時は目の前の王妃のことで手いっぱいで、スノーリルに周りを見る余裕はなかった。
 それを考えるとスノーリルはあまり周りを見ていないのかもしれない。
「もっと早くアルジャーノン大臣に聞けばよかったわね」
 一度尋ねようとしたときに聞いていれば、マーサにその情報だけを調べさせられたし、もしかしたら今回のような目にあわせなくて済んだかもしれない。それに、一番の問題はすでに時間がないことだ。
「これでダメだった場合、グランダルさんのほうは時間的に無理よね」
「そうですね。グランダル様は王城に詰めている方ではないようですし、お会いするのは難しいかもしれません。ですが、アルジャーノン大臣が教えてくださったメディアーグ様のほうが可能性は高いのでは?」
 可能性としては確かにメディアーグの弟であるほうが高い。メディアーグ家は大臣の補佐官をしている家柄で、階級以上に扱いがいい。それにどうやらスノーリルを監視しているようでもある。十二年前トラホスにきていたようだし、それらを総合すると実に可能性としては高い。
「とにかく、会ってみるしかないわ。ミアさんにとりあえずお話だけでもしてみましょうか?」
 どうやら気にかけてもらっているのはアーノルドのお茶会でわかった。あちらか黒髪の男性を連れてきてくれたくらいだ。話せば会わせてくれるかもしれない。
「でもその前に、エストラーダ様ね」
「はい」
 件の美女を諌めることなどできるのか、微妙に自信はないが、あのシルフィナからのご指名だし、情報を聞き出せればなお良い。
 昼食を摂ってからシルフィナのいる後宮へと向かった。
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