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捜索の行方
07
 謝罪が目的のお茶会ならばそう規模は大きくないだろうとの予想通り、アーノルドのお茶会はとても少人数だった。
 さすがにスノーリルだけを呼ぶわけにいかなかったのだろう、エストラーダもいた。そのせいなのか、場所もディーディラン王城ではなく、城郭の中にあるグレイブス邸で開かれた。
 二日の猶予があったため、少人数ではあるが今までのお茶会の中では一番の豪華さを誇っている。何がといえば、貴婦人方の装いである。
「やはりもう少し着飾ったほうがよかったのでは?」
 周りの様子を見てカタリナがスノーリルに囁いた。
 スノーリルのドレスはといえば、それほど豪華でもなく。かといって一級品の生地かと言えばそうでもなく。水色の地に細かく刺繍を施してあるもので、一見とても簡素だ。装飾も控え目に耳と首元を飾っているに過ぎない。
 周りを見ると鳥の羽を飾ったものや、飾り玉を施したもの。金糸銀糸を使って織られたものや、レースをふんだんに使ったものなどそれぞれの個性を強調している。
 装飾も大粒の宝石をあしらったものや、見事な銀細工など、誰でも一度は目をやってしまうような逸品揃いだ。
 わりと簡素である男性にしても一級品の生地であることがわかる服装で、どう見てもスノーリルは劣っているといっていい。
 一国の姫であるスノーリルが、普通の貴族たちに劣っているというのは執事として少し眉を寄せたのだが、当のスノーリルがけろりとしている。
「いいのよ。トラホスは貧しい国なんだから。誰も不思議に思わないわ」
 カタリナににっこり微笑んで見せた。
「ここには必要ない」
 社交の場というのは人に取り入ることや、相手の力量を測る場でもある。
 ここがもし、国王主催の場であればスノーリルもそれなりに着飾り、国力を示すだろう。実際、開園式の夜会のドレスはエストラーダが隣にいても遜色のない一級品だった。
 スノーリルの言葉にカタリナも頷き、そっと周りを見回した。
「黒髪の方もいますね」
「うん。でもみんな違うわ」
 ざっと見ても黒髪の男性は五人ほどいる。その全てが外れである。
「みんな身分の高い人なのかしら?」
「はい。上位にいる貴族方のようです」
 エストラーダは珍しく女性に囲まれて話をしている。微笑んで和やかに話をしているようだが、エストラーダの笑顔が怖い。それに負けずに談笑をしている淑女たちのなんと強いことか。さすがにその輪に入っていくほど酔狂ではない。
「あらあら。皆さん気の早いことですね」
 そう口にしながらやってきたのはふんわりとした雰囲気の女性。
「エストラーダ姫はさぞイライラしていらっしゃるでしょうね」
「メディアーグ夫人」
「ミアで結構ですよ」
 今日は主催でないためか、控えめながらも豪華な衣装に身を包み、後ろには黒髪の男性を一人連れていた。
 スノーリルの視線に男性は一度礼をとる。その様子にメディアーグ夫人が彼を紹介してくれる。
「こちらは侍従のキース。なんでも黒髪の男性を探しているとお聞きしまして。差し出がましいと思いましたが連れてきました」
 少しだけ首をかしげ、どうです? と示す。そのメディアーグ夫人に一瞬だけぽかんとしたが、慌てて首を横に振った。
「彼ではないです。ごめんなさい」
「あら、いやですわ。謝っていただく必要などありません。ああ、でも残念。もしそうならもっとお近づきになれたのに」
 そう言うと後ろを振り返り侍従を見やるメディアーグ夫人に、侍従は苦笑して謝った。
「これは、申し訳ございません。では奥様、私の役目はこれで終わりですね?」
「ええ、ありがとう。あの人のところに戻っていいわ」
 そんなやり取りをする二人を見てカタリナを見てみる。すると小さく首を振ってからくすりと笑った。
「あの、えっと、ミア…さん」
「はい」
 少し言い淀んだスノーリルに嬉しそうに返事をしてくれる。
「私が人を探しているのを知っているのですか?」
 まだアルジャーノン大臣にも話していないし、そもそも知っている人間のほうが少ないはずだ。
 スノーリルの質問にメディアーグ夫人は少し周りを気にしてから頷いてみせた。
「メディアーグ家にも優秀な侍女がいまして。彼女からトラホスの侍女が人を探しているようだと聞きました。話の内容はただの世間話だったようですから、スノーリル姫の侍女もそうとう優秀ですね。さすが、お膝元だと報告していましたよ」
 なんでもないことのように話しているが実のところすごい話である。それはつまり、スノーリルの行動をメディアーグは把握してるということだ。それに、「お膝元」とは、もしかしなくても太陽王の力の話しをしている。彼女の、いや、メディアーグ家の情報網の広さを垣間見た気がした。
 スノーリルはどうやら複数の人物に監視されているようだ。
 そう考えるとやはりあの人は誰かの監視である可能性が高い。しかし、一つだけよくわからない部分がある。
「あの、ディーディランでは侍従も高級な服装をするものですか?」
 トラホスではまずありえない。しかし、この裕福な国ではありえるのかもしれない。侍女も上位貴族出身だと女官と呼ばれ、区別されている。
 メディアーグ夫人はスノーリルの質問に少しだけ首を傾け答える。
「そうですね。身内や上位貴族の子息だった場合はそれなりの服装をしますし、主人側でもさせると思います」
 そこまで言い突然くすくすと上品に笑い出した。
「私の主人もあまり身なりは気にしない方で、クロチェスター様に沽券に関わると嘆かれた事がありますわ」
 メディアーグはクロチェスター大臣の補佐官だ。侍従とは立場も格式も違うが、身分の高い人物はやはりそれなりの格好をさせるようだ。
 その情報をえて、スノーリルはため息を吐き出す。
「あら、のろけてしまいました?」
「え? あ、いいえ」
 ふわりと微笑むメディアーグ夫人の声に、慌てて首を横に振る。
「ただ、例外があることもあります」
「え?」
「国がそれを基準にしている場合です。城詰めで人前に出る人物であれば国力を示すためにも侍従などの身なりもとっても良いようです」
 つまり、織物を産業にしている国、ミストローグなどは侍従でもよいものを着ているということである。そういえば、レイファはいつもよいものを着ている。それは彼女が筆頭補佐官であることから不思議には思わなかったが、他の侍女たちの身なりも大変よかった気がする。
「ミストローグとかですか」
「あるいはそういったものを扱っている商人などですね」
「…商人」
 それはない。商人が一人で王城をうろついているわけがない。しかし、ミストローグという線も薄い気がする。
 そこまで考え何かが引っかかった。
 そういえば、ミストローグとの繋がりがある人物が居たはずだ。
 一点を見つめたまま動かなくなったスノーリルにメディアーグ夫人は柔和にほほ笑むと、視線を動かした。
「いらっしゃったようね」
「スノーリル様。ダイアナ様です」
 二人の声に現実に引き戻され顔をあげる。
 主催であるアーノルドがあいさつをしている隣には、アーノルドによく似た美少女が少し不機嫌そうに立っている。
 一部の貴婦人がさざめくように笑い、スノーリルに視線が流れる。
「ここ最近、ダイアナ様は立場が悪いようですわ」
 メディアーグ夫人がこっそり囁くのが聞こえる。
 勝気な性格は身分が高いからこそ許され、それだけの実力があるから許されているのだろう。それが、剣を一度も手に取ったことのないスノーリルに、決闘を自ら申し込んで負けたのだ。それは周りの反応も変わるだろう。
 アーノルドがあいさつを終えるとすぐにダイアナを伴いスノーリルのところへやってくる。
「スノーリル姫。ミストローグ夫人。ご足労ありがとうございます」
「いいえ、お招きありがとうございます」
 にっこりと微笑むとすぐに「では、失礼しますね」とその場を去った。
「スノーリル姫。先日は大変申し分けなかった」
 アーノルドが軽く頭を下げると、隣にいるダイアナに視線をやった。
 そっぽを向いたままどこか居心地悪そうにして、スノーリルを見ようともしないダイアナに、アーノルドが一度低い声で名を呼んだ。それに従うようにようやくスノーリルを見た。
 スノーリルが無意識のように打たれた腕をそっと押さえると、唇を噛んで呟くように尋ねた。
「お怪我の具合は?」
 視線を上げようともしないダイアナに、スノーリルはにこやかに笑って答えた。
「はい。もう大丈夫です。そんなにお気になさらないでください。避けられなかった私が悪いのですから」
「あら、お怪我をなさったの?」
 この会話に割り込んできた声に、ダイアナは硬直し、スノーリルは苦笑した。
「エストラーダ様。やはり剣を持ったことのない者が剣など持つものではありませんね。ダイアナ様も随分手加減してくださったようですが、私が鈍いせいで怪我をしてしまって」
「あら、本当はダイアナ嬢を本気にさせるほどお強いのではなくて? その挙句、怪我をしたのでは? ダイアナ嬢は貴女の手に負えるほど弱くはないですよ」
 この言葉に曖昧に微笑むと、周りの観衆が少しだけざわめいた。
 二人の姫のやりとりを呆然と聞いていたダイアナは、ふいに向けられたエストラーダの視線に慌てたように頭を下げた。
「スノーリル姫、本当にすみませんでした」
「いいえ。ですからお気になさらないでください。ダイアナ様のせいではありません」
 そのまま少しだけ立ち話をしてからダイアナは屋敷へと戻って行った。
「エスティ。ありがとう」
「あら、なんのこと?」
 スノーリルが小声で礼を言うのに、エストラーダは優雅に微笑んでとぼけた。
 ダイアナがスノーリルに負けた噂は瞬く間に広がったが、実のところほとんどの人間は信じていなかった。それならばそれでいいのだが、あの試合後ダイアナは屋敷から出てこなくなった。
 それが逆にあの噂は真実ではないかと囁かれ、ダイアナ嬢が強いのはやはり身分がものを言っただけで、実は大したことないのだと陰口を叩かれ始めたようだ。
 先ほどのスノーリルの発言は、ダイアナが他国の姫に怪我を負わせたことを反省した謹慎であると印象付けるには十分だったし、一度試合をしているエストラーダの発言はダイアナは強いのだと裏付けるのに十分だった。
「やっぱりお嬢様は打たれ弱かったわね」
 エストラーダのそんな一言にスノーリルは苦笑した。
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