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捜索の行方
01
 最後にあの男性を見てから三日。
 つまり、あの昼食会から三日経つわけであるが意外なことに、抗議やら嫌がらせやらはスノーリルの身には及ばなかった。
 というよりも、スノーリルが外にほとんど出ないことが最大の要因であるが。
「何もしないってすごく暇なことなのね」
 あの離宮では小さな庭園があり、それを観賞して少しでも気分を紛らせていたが、ここは二階であるためそれもできない。テラスから見下ろす位置には庭園ではなく王城内にある広場――緊急時に兵士たちが駐留する場らしい――が広がるだけで、あまり見ていても楽しいものではない。
 初めはその広さに圧倒され、あちこち見ていたがさすがに三日目にもなると飽きてくる。それに、こちらから見えるということは向こうからも見えるということで、あまりテラスに出るなとディーディランの護衛アドルに注意された。
「剣の練習でもなさいますか?」
 暇そうに机に突っ伏すスノーリルにカタリナが声をかけると、しばらく唸ってから立ち上がった。
「何もしないよりはましかもしれない」
 リズの聞いてきた話によると、どうやらダイアナの決闘場探しは難航しているらしく、早くしたいダイアナはかなり苛立っているらしい。
「ダイアナ様って強いらしいわ」
「そうですか」
 王女とダイアナの兄の話ではそこそこ強いらしい。しかしそれはすでに問題ではない。なぜと言ってスノーリルは練習用の木剣すら持ったことがない。
 ダイアナから借りた木剣を手にすると、横からカタリナが持ち方から、立ち方まで教えてくれる。
 広い部屋の中で振り上げて、振り下ろし正眼の位置で止める。
「やってみると、振りやすいのね」
「それは…ただの棒切れとは違いますから」
 苦笑するカタリナにスノーリルも笑み返すと、マーサが少し難しい顔でやってきた。
「スノーリル様、少しよろしいですか」
「ええ。なに?」
「スノーリル様が集めている情報なのですが」
 つまりあの男性の情報である。
「何かわかった?」
「それが…」
 苦虫を噛み潰したようなマーサの表情に、どうやらこちらも難航しているようだと思った。
「いいわ。どんな小さなことでも、たとえ関係ない情報でも知っておきたいから」
 木剣をカタリナに渡して椅子に座ると、向かい側にマーサに座るように促す。
「そうですか。では、報告させていただきます」
 
 マーサがディーディランの城の侍女たちに聞いたのは、次の条件に当てはまる人はいないかということだ。
 黒髪、緑の瞳を持つ美形で、愛想がよく、もしかしたら貴族かもしれない二十代くらいの男性。
「まあ、十人十色ですので、その人の感じる美形がどこまでかという問題もありますが、でも、多くの侍女たちから聞いた話を総合しますと、三人に絞られました」
 そう前置きをして名前を挙げる。
「"ニィ"ファントゥ大臣の子息でトレイド様。"サニー"トロノワ様の子息でアクレス様。"スー"グランダル様の子息でカイザー様。中でも一番の人気はカイザー様で、グランダル家は数代前までは豪商家だそうです」
 一番結婚しやすい地位というところが受けているらしい。
「海洋関係?」
「いいえ。ミストローグとの貿易が主だったようです。今でもその伝があるらしく、グランダル家の息女たちのドレスは一級品で、王女ですら着てないような品だという話です」
 ミストローグとの貿易という事は織物関係やその原料が多くを占める。トラホスとはあまり縁がないかもしれない。
「そういえばアトラス王子は? 良く考えてみればあの王妃の息子のクラウド王子も当然黒髪よね?」
 濃い焦げ茶色の髪は普通の認識で黒髪といえるし、まだ会ったことのないクラウド王子の両親は黒髪なのだから、当然黒髪であろう。
 なのに名前がないことにスノーリルは首をかしげてマーサに尋ねた。するとマーサも少し首をかしげて難しい顔をした。
「王子たちは女官のほうに人気があるようです。ディーディランでは侍女でも、地位の高い貴族息女たちは女官と呼ばれていまして、彼女たちの間では皇太子のクラウド王子よりアトラス王子のほうが人気がありました」
「ディーディランの侍女はみんな貴族だったわね。上位貴族と下位貴族では人気も身分がものをいうのね」
 呆れるというか、高望みをしない彼女たちに感心するというか。なんとも現実的な国だ。
「クラウド王子はやっぱり跡継ぎだから国内貴族には人気がないのかしら?」
 それでも後宮のある国だ。すでに何人かは後宮に側女としているのかもしれないが。
「そうでもないようですよ。ただ、クラウド王子は気難しい方らしいです。あまり笑わないとか、女性に対してそっけないとか、仕事の鬼だとか。跡継ぎとしてはとても優秀だということですが、女性にはそんなことどうでもいいですから。
 その点、アトラス王子は気さくで、物腰も柔らかくて、笑顔がステキだとか?」
 マーサはあまり近くで見たことは無いだろうが、ここ最近スノーリルがかの王子に言い寄られている事は知っている。なにやら意味深な目を向けてくるマーサにスノーリルは苦笑して話題をそらした。
「他にもいるの?」
「はい。やはり、黒髪で緑の瞳というとディーディランでは結構いるようですよ。侍従の中にもたくさんいますし。ああ、侍従をやっている方ですが、彼らは家とは切り離されているようなのであまり話題には上りませんでしたけど…」
 そう前置きをして侍従職についている男性の名前を告げた。
「"イーチェ"グレイブス様の侍従でクリス・ファミュさん。"サニー"メディアーグ様についている方でキース・ヘレイズさん。このお二方が城侍女の「お嫁さんになりたい侍従」上位五位内に入っている黒髪に緑の瞳をもつ方です」
 スラスラと書き留めたようなもの見ずに出てくるマーサの報告に、スノーリルは聞く名前を記憶に留めながらも感嘆の息を吐き出した。
「いつ聞いてもマーサってすごいわ」
「ありがとうございます。でも、侍女はこのくらいできなければ世間話についていけませんよ」
 にっこり微笑む熟練侍女のマーサは満足したように席を立ち、お茶を持ってくると言って席を外した。
「やっぱりけっこういるのね」
 貴族が三人に、侍従が二人。もしこれ以外であればまた一からやり直しであるが、とりあえずは確認するのが先だ。
「ファントゥ大臣の子息は外れましたね」
「え? どうしてわかるの?」
 会ったこともないのに断言するカタリナに、スノーリルは不思議そうに執事を見上げた。
「昼食会の庭園で大立ち回りをした方がいましたでしょう?」
 どうやらアルジャーノンの息子と対峙していた人物のことを差して言っているようだ。そういえば一人黒髪だったとスノーリルも思い出す。
「あの方が、ファントゥ大臣のご子息トレイド様だとお聞きしました。あれだけ近付いたスノーリル様も見覚えがなかったようでしたが」
「ええ、見覚えのない方だったわ。そう、あの人が…」
 水をかけたがはっきりと顔は覚えていない。しかし、あの男性でない事は確かだ。
「それじゃあ、残りは四人ね」
「はい」
「貴族の子息より侍従を確認するのは難しいわよね」
 貴族であればお茶会に呼び出せなくはないが、侍従となるとそうもいかない。スノーリルは女性であるため、余計な男性がお茶会に出席することはないと思っていい。
「メディアーグ様のほうは頼めば会わせてくれるのではないでしょうか」
 三日前に会ったメディアーグ夫人を思い出し、頼めばもしかしたら受け入れてくれそうな気はする。
「でも、おかしいでしょ?」
 一国の姫が侍従に会いたいなど、あまり公言していいことではない。ましてや、相手は重役の貴族の侍従だ。変に疑われるようなこともしたくない。
 難色を示すスノーリルに、カタリナは意外にも面白そうな顔をして「大丈夫」だと請け負った。
「どうやらスノーリル様をお気に召した様子でしたよ?」
「…何か話したの?」
「はい」
 にっこり微笑まれその表情にあまりいい話じゃないんだろうなと想像して、それ以上は聞かないことにした。
「とにかく、会いやすい方からね。でも、全員城詰めしてるのかしら?」
 貴族だからと言って必ずしも城にいるとは限らない。ある一定の立場にいなければ城に寝泊りはしていないはずだし、大抵は城下に近い場所に別邸があり、そこに住まっているのが普通だろう。
 しかも、スノーリルの探しているのはかなり若い人物だ。家長について城にくる程度であれば探し出すのは結構大変かもしれない。
「ではやはり侍従から会うのがいいです」
 お茶を持ってマーサがそう提案した。
「グレイブス家侍従のファミュさんは剣の指導をしてらっしゃるとかで、城の訓練場にもよくいらっしゃるらしいですよ。グレイブス家もご兄妹で習っているとか」
 手際よくお茶を並べていくマーサの話で、いつかの朝に会ったダイアナのことを思い出す。
「なるほどね。それなら会いやすいかもしれないわ」
「メディアーグ家侍従のヘレイズさんはあちこちに出没するようですから、意外にもう会ってるかもしれませんね」
 遠目にならたくさん見ているので、確かにそれは否定できない。
「とにかく見てみないと。ありがとう、マーサ。でも、もう少し聞いてみておいてくれる?」
「はい。ディーディランは広いですからね。貴族の家付きの侍従もそれなりに当たってみましょうか」
 どこかルンルンと楽しそうなマーサに、スノーリルは苦笑と呆れを送る。
「なにか?」
「ううん。優秀な侍女がいてくれて助かったわ。連れてくる時はどうしようかと思ったけど、連れてきて本当によかった。ありがとう」
 トラホスを出るときはまさかあの少年に会えるとは思いもしなかった。そして、こうして探すことになっているとは想像さえしなかった。
 スノーリルの言葉にマーサはにっこりと微笑んで「お役に立てて光栄です」と膝を折って礼をとった。
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