|| TopBackNext
確信者の笑み
04
 メディアーグ夫人主催の昼食会は一つだけ条件が記してあった。

 ――参加者が女性である場合は護衛二人を同伴してくること――

 と、少し変わった条件だった。襲撃があったこともあるのだろうが、それにしても自己責任にて来いというのもすごいと思う。
 スノーリルの護衛にはトーマスとアドルが同席した。
 大柄のトーマスの横にまるで小姓のように立つアドル。二人は人一人分の距離を保ちスノーリルの後ろに控えている。どうやらあまり仲がよろしくないようだと、並んで立つ二人を見てスノーリルはこっそり笑った。
 普通小規模でない場合は数日前に招待状が送られる。なので、即日の招待状から想像して、招待人数は多くないだろうと思っていのだが、その予想を大きく裏切り、かなりの人数が参加していた。いや、これだけの人数に招待状を配ったということなのだろうが、即日での招待は準備ができないので、親しくない場合は辞退するほうが多いのだが…。
 それに加え今回は女性には二人の護衛がどうしてもつくので、招待人数より多くなる。それを見越してか、開催場所はかなり広い庭園で行われた。
 スノーリルはきょろきょろと辺りを見回してみると知った顔もいくつかある。
「知ってる人も結構きているのね」
 いつものように控えるカタリナに語りかけると、「そうですね」と返事がやってくる。どうやらメディアーグ夫人はかなり広い人脈があるようだ。というより、王家にも親しい人のようである。それというのもこの庭園、王城の一角にある庭園で、普通貴族がそう易々と使っていい場所ではない。
 綺麗に切りそろえられた下草は高級な絨毯の上を歩いているような、ふかふかとした感触がする。あまり高い生垣は無く、丸く剪定された低木がところどころにあり、控えめに花々が咲き誇っている場所だった。
「庭園ってこうあるべきよね」
 一つの日傘の下で寛ぎながら呟くと返事が返った。
「スノーリル姫はこうした庭園がお好きですか?」
 視線をやればそこに主催者であるメディアーグ夫人が立っていた。
 スノーリルが立ち上がろうとするのを制し、隣に腰を下ろして庭園を見やる。
「ディーディランは表面を綺麗に飾るのはとても得意な国ですから、惑わされないようにしてくださいね」
「え?」
「綺麗でしょう?」
 世間話のように告げられた言葉に、目をぱちくりさせて聞き返すとにっこり微笑んで尋ねられた。それに頷くとまたにっこり笑みを返す。
 メディアーグ夫人はとてもたおやかな人物だった。陽だまりを思わせる笑顔には母性があり、一目で警戒心を取り除かせるような、そんなふんわりした雰囲気を持つ女性だ。しかし、どうやらその見た目にはかなり裏切られそうだと、先ほどの発言からちらりと思った。
「それにしても、アドルがスノーリル姫の護衛になったのね」
 ふと後ろを振り返って煉瓦色の髪を持つ護衛に声をかけた。
「私はフィリオがなるものだとばかり思っていたわ」
「アドルさんをご存知なんですね」
「ええ。アルジャーノン大臣とも親しくさせていただいてますから。最初スノーリル姫の護衛には息子のフィリオが行くような話しをしていたのですが、どうやら落選したようですね」
 面白そうにくすくす笑う夫人にスノーリルはアドルを見る。そのアドルは何ともいえない顔で夫人を見つめていたが、スノーリルの視線に気がつくと庭園に視線を動かした。
「アルジャーノン大臣の子息も王城にいるのですか?」
 スノーリルの質問にメディアーグ夫人は「ええ」と呟いて庭園内を見回す。するとある一角、女性の垣根ができているほうを指差した。
「多分あのどちらかにいます」
 その華やかな垣根は二箇所にできていた。つまりそのどちらかにいるということらしい。
「人気のある方なのですね」
「家柄が良くて容姿が優れているのですから、人気が無いほうがおかしいです。でも、人望でいえばフィリオのほうがあるかしら?」
 そうしたらあちらかしら? とメディアーグ夫人が指し示したほうは男性もちらほらいる人垣だ。そういわれると確かに騒がしい雰囲気のもう一つと比べると、談笑しているといった感じであまり騒がしくはない。
「ちなみにあの男性の人垣はエストラーダ姫です」
 それは説明が無くてもわかる。スノーリルが隣にいたあの夜会でも相当の人気があったのだ。今日の昼食会はスノーリルのほうが遅れてきたこともあり、すでに人垣ができていてエストラーダも抜け出せずにいるようだ。
 対してスノーリルのほうはといえば、護衛二人と侍女一人が立っているだけで、他に人はいない。これまたいつものように遠巻きに視線を送ってくるだけで、近づくものはほとんど無い。
「あの、メディアーグ夫人」
「ミアで結構ですよ」
「こんな大きな昼食会などして大丈夫なのですか?」
 素朴な疑問である。いくらこの場にディーディランの王族がいないといっても、護衛がそれなりにいるといっても、反乱分子が沈静化したわけではないのに、王城でこんな大規模な集会を開いてもいいのか。ある意味よく許可が下りたものだ。
 しかし、そんなスノーリルの疑問に、メディアーグ夫人はにっこりと微笑んだだけで返事は返してくれなかった。
「スノーリル姫はトラホスにはもったいない方ですね」
「?」
 意味がわからず首をかしげると、メディアーグ夫人を呼ぶ声が聞こえ、夫人は失礼しますといってその場を離れた。
「見た目通りの人ではないみたいね」
 ぽつりと呟いたスノーリルに、カタリナがこっそり笑い、トーマスは夫人を見やり、アドルはスノーリルを見つめ、小さく息を落とした。
 
 
 名目は昼食会なので、当然昼食が用意される。
 メディアーグ夫人は食事の前に「毒などは入っていませんので」など、冗談を言ってその場を沸かせていた。
 広い庭園で和やかな昼食が始まるころ、ようやく解放されたのかエストラーダがスノーリルのいる日傘の下へやってきた。
「スノー。貴女ったら助けにくるとかは考えてくれなかったの?」
 そう言われて初めて、その手があったかと思った。
「ごめんなさい。私が行ったらかえって騒動になるかと思って」
 いつもがそうなので、面倒を増やしたくないスノーリルはできれば自らエストラーダには近づきたくなかったのだが、今回は近づくべきだったかと少し後悔した。
 エストラーダの護衛にはいつもの補佐官ともう一人…。
「こっちは私の弟で、アリスガード」
 スノーリルの視線に気がついたのか、エストラーダがもう一人を紹介してくれた。その男性は深く礼を取り、アドルの隣に立った。
 青い瞳はエストラーダと同じ色。しかし、金髪はエストラーダとは違い少し暗く、金茶色。その色に見覚えがあり、スノーリルは食事の用意をしているカタリナに視線をやった。しかし、視線があったのはレイファだ。
 にっこり微笑まれ、スノーリルも笑み返したが、どこかその瞳に含みがあるように感じてエストラーダを見てしまった。
「? どうかした?」
「エスティはもしかして…」
 言葉の途中で派手な音が庭園内を満たした。
 何かと全員の視線がその音源へと注がれる。
「お前とは一度決着をつけなければならないみたいだな!」
 騒ぎの中心に二人の男性が睨み合って立っていた。
 黒髪の男性は剣の柄に手をかけて殺気立っているのに対し、どこかで見たような雰囲気の男性が、冷静に腕を組んで立っている。
「何?」
「物騒ね」
 スノーリルの呟きにエストラーダが呆れたようにため息を吐き出した。
 周りもざわざわと騒いでいるのだが誰も止めようとはしない。
「抜け、アルジャーノン」
 黒髪の男性がそう告げ、剣を引き抜く。
 すると男性、アルジャーノンと呼ばれた人物も剣を引き抜いた。
「ええ! ちょっと!」
 思わずエストラーダを見ると件の美女は面白くなさそうに傍観しているだけだ。他国の姫が関わることではないのだろうが、それにしてもあまりにも無関心だ。
「アドルさん、止めてください」
 二人を止められそうで、尚且つ大きな問題になりそうもない煉瓦色の髪の護衛に頼むが無表情に問われた。
「なぜ」
「なぜって。危ないでしょう!?」
「ほっときなさい。大丈夫よ、もし失敗したとしても腕が一本なくなるくらいだから」
 エストラーダのその説明で一気に血の気がひいた。
 青くなるスノーリルにカタリナが心配そうに隣に立つ。その間に戦いが始まってしまったらしく、甲高い剣戟の音が聞こえる。
 そちらに目をやると、まるで闘技場のように円形に人垣ができており、その中心で男性二人が戦っている。周りも騒然としているが、やはり誰も止めない。
 その光景に、沸々と腹の底から怒りが這い上がってくる。
「なんなのよこの国は!!」
 叫ぶと同時にスノーリルは駆け出した。
「スノー!」
 エストラーダの制止の声が聞こえるがそんなことに構っている暇はない。
 邪魔なドレスを引っつかんで走ると、近くにあったワインを冷やすためにあるバケツを手に取る。それを持って人垣の間を抜け、戦っている二人に近づいた。
 二人がちょうど切り結んだ一瞬を見逃さず、氷入りの冷水を一気にぶちまけた。
 バケツから綺麗に弧を描き離れていく水は、勢いを失くすことなく二人の顔面を襲った。
 その光景に辺りは一瞬にして静寂に包まれ、ほとんどの者が何が起きたのか把握できずぽかんとしていた。何が起きたのか一番わかっていなかったのは水をかけられた二人らしく、剣を交差させたまま呆然と互いを見ていた。
「貴方たちそれでも剣士なの? そんなに血を流したいなら国境の最前線に出て戦いなさい! そのほうがよっぽど国のためになるわ」
 一気に言い切るとバケツをその場に投げ捨て、踵を返した。
「カタリナ。帰るわよ」
「はい」
 怒気を纏ったスノーリルが動くと同時にどこからともなくため息が落ち、またざわざわと騒がしくなる。
 その観衆の間を抜け建物の中に入ると、この昼食会の主催者が足早にやってきた。
「スノーリル姫。お待ちください」
 その穏やかな声に足を止めて振り向くと、メディアーグ夫人が苦笑していた。
「あの二人を諌めてくださってありがとうございました。ドレスが汚れましたでしょう? そのままだとシミになります。せめてしっかり拭いていってください」
 スノーリルの暴挙や勝手に下がることに文句を言いにきたのではなく、お礼と謝罪にきたメディアーグ夫人に、スノーリルの怒りも一気に沈静化した。
「すみません。せっかくの昼食会を…」
「驚きました。でも、あの二人には良い薬になったでしょう。どうぞこちらへ」
 くすくす笑いながら部屋へ案内してくれる夫人の後を歩きながら、まだ見える庭園を横目に見ると、どうやらあの二人は剣を収めたようだ。そもそも二人ともずぶ濡れになったはずだから一端引き下がらざるを得ないだろうが。
「それにしても、あの二人の諍いを止めるんですもの。今後、スノーリル姫がいればあの二人を呼んでも大丈夫かもしれないわね」
 ちらりと振り返り、メディアーグ夫人が楽しそうに話しかけたのはアドルにだった。
 スノーリルが庭園から去るのを見てトーマスと一緒にやってきていたのだ。
 話を振られたアドルは無表情ではあるがしばらくなにやら考え、一つ頷いた。
「氷の入ったバケツを用意しておくとなおいいかもしれません」
 その答えに笑ったのはメディアーグ夫人だけではなく、スノーリルも声を立てて笑った。
04
|| TOPBACKNEXT