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神様の贈り物
01
 太陽王に三人目の子ができた。
 しかし生まれた姫は"白異(はくい)"と呼ばれる、体の一部に白い色を持って生まれた忌み子であった。
 まだ赤子だった頃はそれに周囲も気がつかなかったが、一年が経つも一向に色が付く気配のない、細い髪。
「王。この姫は外へ出したほうがよいです」
 大臣に進言されたことは一度や二度ではない。
 そのたびに、親であるトラホス王と王妃は首を横に振る。
「生まれてくる子に罪はない。この子を恐れるのは、お前たちになにか後ろめたい事があるからではないのか?」
 そう言われてしまっては何も反論できない。
 そんな、気骨のある父母は我が子に"スノーリル"とつけた。
 古い言葉でスノーは「白」を意味している。
 この名がやがて成長したスノーリルに重く圧し掛かった。
 
 

◇◇ ◆ ◇◇

 
 
 トラホス国には年に一度、大陸からたくさんの賓客が訪れる。
 どこから集まってくるのだと思うほどの人数で、小さなトラホスの王城の客間などあっという間に占拠される。
 スノーリルはこの時期が一番嫌いだった。
 この時期は特によく晴れ、外で遊べと部屋を追い出される。渋々外へ出れば目ざとく見つける貴族の悪がき。
「あ! スノーだ! 目を合わせるなよ。不幸になるぜ」
「うわー本当に真っ白なんだ。おばあちゃんみたい」
「知ってるか。スノーは白って意味なんだぜ」
「ほんとう? 父上は不吉だって言ってたよ」
 まだ十にも満たない少年たちのそんな甲高い声が、ただ歩いているだけで浴びせかけられる。
 六歳にもなれば、どうして自分がそんな風に言われなければならないのか、当然親や教育係に尋ねる。すると、彼らは笑顔で教えてくれた。白い色は神様からの贈り物だから、みんな珍しいのだと。だから決して恥じることはない。
 その説明は間違いではない。大人の中には喜んで触れてくれる人もいるし、この髪を恥じているわけではい。
「別に好きでこの色じゃないのに」
 でも、どこか理不尽を感じるくらいには、自分の髪の色が嫌いだった。
 トコトコといつのもように人目を避け、逃げ場のひとつである礼拝堂へ足を向けると、数人の大臣がなにやら話しこんでいた。
 顔を合わせるといつも何か怒っているような印象の大臣たちで、スノーリルは苦手だった。
「陛下のおっしゃる意味はわかるが、どうする? スノーリル様を人前に出すなど、トラホスにとって良いことなどない」
「トラホスの貴族ですら気味悪がって会いたくないと言っているのだ。他国の賓客がもつ印象も似たようなものでしょう。何せ、不吉そのものの具現だ」
「まったく。だからお生まれになったときに外に出したほうがよいと進言したのだ。これからもっと問題が起きることはわかりきっている! 王もわかっているだろうに、まったく困った方だ」
 この手の話はよく耳にする。もっと小さな頃はなんの話かさっぱりわからなかったが、今はわかる。王城の敷地から出るなと言われている意味も、今回のような他国の賓客がくる式典へ参加できないのも、全てこの髪の色のせいなのだ。
 わかってる。わかってる。
 でも、だからといってどうしろというのだ。
 まだ続く大臣たちの話に耳を塞ぎ、礼拝堂を離れ自室へ帰る。
「…好きでこの色じゃないもの」
 好きなわけがあるはずがない。友達がいないのも、からかわれるのも、初めて会う人が必ず驚愕するのも、全部この髪のせいなのだ。
 大きく手を振って、大股で歩く。
 おそらく今回も式典には出られないだろう。他国の賓客がくるときはいつもそう。誰にも会わないように自室で音を殺している。
 賑やかな声。華やか雰囲気。心躍る音楽。
 その全てから遠ざけられる。
「好きじゃないもの…」
 例え神様からの贈り物でも、好きにはなれない。
 床を睨んで早足で歩いていたが、ぽたぽたと涙が落ちていく。
「こんな髪…」
 肩まである白い髪が視界に入る。
 ぴたりと足を止め、両手で髪をわし掴み引っ張る。痛みがなかったら確実に引き抜いているのに、痛くて結局止めてしまう。
「大っ嫌い!」
 意気地の無い自分に対してなのか。優しくない周りに対してなのか。はたまた、こんな髪を授けた神になのか。腹の底から叫んだ。
「スノーリル様?」
 名前を呼ばれびくりと肩を揺らした。
 廊下から顔を出したのはスノーリルよりも年上の少女だった。六歳を迎えたときに女官長から紹介のあった少女。ここ最近、自室にいるときはいつも一緒だ。身の回りのほとんどをこの少女がしてくれている。
「また泣いてらっしゃる。どうしました? どこか痛いところでも?」
 癖のない長い亜麻色の髪をした、スノーリルには羨ましい限りの少女が心配そうにやってくる。その姿を目にした瞬間思わず叫んだ。
「カタリナなんか大っ嫌い! あっち行って!!」
 あっちに行けとは言ったが、ゆっくり足を止め真剣な瞳で見てくる少女の視線に耐え切れず、スノーリルのほうが駆け出した。
 何かから逃げるようにとにかく走った。
 カタリナは悪くない。わかってる。わかってる。
「悪いのは私なんだもの。わかってるっ。わかってるもん!」
 息ができないほど走ってついた場所は、いつも逃げ込む物置になっている部屋だ。
 扉を閉めると膝を抱えて大声を上げて泣く。
 城の端で物置になっていることもあり、人が通ることは少ない。そのため泣き叫んでいても気づかれにくい。たとえ聞こえたとしても、スノーリルであると城の者はみな知っているらしく近づかない。
 そう、知っていて誰もスノーリルには近づかない。
 どんなに泣いていても、叫んでも。
 ここに篭っているときに迎えに来てくれるのはいつも血の繋がった人たち。
 しかし、朝から準備された式典のため、今日はおそらく誰も迎えには来ないだろう。
 でも、気づいて欲しくてとにかく大きな声を上げる。
 悔しくて。腹が立って。悲しくて。痛くて。怖くて。
 泣いた分だけその感情が無くなればいいのに、泣けば泣くほど増していくようで、最後には結局唇を噛んで耐える。
 時間だけが解決する衝動に、ようやく落ち着きを取り戻すと少しだけ血の味がした。
 泣きすぎてしょぼしょぼする目を擦り、いつものように薄暗い部屋の中を見て、一瞬だけここがどこなのか忘れた。
 いつもは椅子や燭台などの備品が置いてある場所なのだが、今はほとんどがなく、がらんとしていた。
 誰もいない。それを強く感じ胸の辺りに重いものが落ちる。
 のろのろと立ち上がり、憂うつな気分で扉を開ける。
 どのくらい泣いていたものか、明るかった太陽はすでに海に近づいていた。
 石造りの廊下は幅はあるが壁がない。部屋を出れば、開けた眼下にトラホスの街並みと海が広がる。こうしてみるとかなり高い場所に立っているのだとわかるものだ。
 廊下の端に座り込み、夕日が海に帰る姿をずっと見続けていた。
「……大っ嫌い……」
 何も考えてなどいないはずなのに、なぜかそんな言葉を呟いた。
 完全に暗くなる前に、城のあちこちで明かりが灯る。
 遠く、賑やかな音がしており、華やかな夜がくる。
「大っ嫌いよ」
 自分の髪はこんなに白いのに、心の中は真っ黒。
 このまま夜の闇に溶けて消えてしまえばいいのに。
 でも、それが怖くて。みんなのいる場所へ結局歩き出してしまう自分が何よりも嫌いだった。
 重い足取りで自室に戻ったスノーリルに大きな声がかけられた。
「スノーリル様! どこへ行っていたのですか? ああ、そんな事よりも早くお着替えいただかなくては」
 女官長の言葉の意味について行けず、目をぱちくりさせて立ち尽くすスノーリルを促し、数人の侍女にドレスを持ってこさせる。
「さあ、スノーリル様。今日はうんと飾りましょうね」
「どうして着替えるの?」
 泣いたとわかる顔で尋ねれば、女官長の笑顔が返る。
「式に出るのですよ。さあさ、お顔も拭きましょうね。両陛下が悲しみますよ」
「…式に出るの?」
「ええ」
 濡らした布を持ってカタリナがやってきたのがわかったが、どうしても見ることができなかった。
 それよりも、なによりも、目の前に出されるドレスや装飾品の数々に、スノーリルは顔を顰めた。
「出たくない」
「え?」
「私、出ない」
 絞るように声を出し、泣かないようにきつく唇を噛んだ。
 選ばれているのは白ばかり。
 白いドレス。白い石の首飾りに、当然靴も白。
 目の前に並ぶ、白、白、白。
 トラホスの正装が白い色を基調としているのは知っている。両親も、姉も兄も、他の王族も式典があれば白い正装で身を飾る。スノーリルも何度か着た事があるし、式典に出るのであれば当然この正装だ。
 大臣たちの話を聞かなければここまで嫌いはしなかった。
 心配して近づくカタリナを拒否しなければ、ここまで酷い自己嫌悪にさいなまれなかった。
 今日ほど白を持つ自分を心底嫌だと思ったことはなかったのに。
 そんな日に限って、なぜか願いは叶うもの。
 幼いスノーリルの我が儘が通るわけがなく、結局唇を噛み締めたまま女官長たちに着付けられ式典へと参加した。
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