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陽だまりの妖精
05
 部屋へと戻るとそこにはすでに昼食が用意されていた。
「マーサとリズも一緒に食べましょう」
 次の間にいる二人に声をかけ、この城での噂話などに花をさかせて賑やかに昼食を終えると、お茶を注ぎながら黒髪を高く結い上げたマーサがカタリナに留守中の報告をしていた。
「お食事を用意している時、人が尋ねてきました。金茶色の髪をした男性で、スノーリル様を午後のお茶会に誘いたいということでした」
「どちらの方?」
「それが、私ではダメだったようで、また来ると言って帰っていきました。スノーリル様を口説きに来た方かもしれないですわ」
 カタリナの質問に、少し声をひそめてマーサが答えた。
「それならそれで結構じゃない」
「そうですけど。なんだか私は嫌です。スノーリル様にはトラホスの殿方と一緒になっていただきたいんです」
 そんなマーサの私情の挟んだ報告にカタリナは苦笑したのだった。
 
 
 昼食の片付けが終わると、カタリナがお茶を持ってきた。最近慣れてきたディーディランのお茶である。
「ありがとう。アルジャーノン大臣のところで飲んだものもおいしかったわね」
「そうですね。今度お聞きしましょうか」
 そんな他愛無い会話をし、あの大臣と侍従サミュエルをネタにしばらくおしゃべりに付き合ってもらった。
「今日は雨で残念ね」
 ふと窓の外を見て呟く。
 いつも天気のいいディーディラン国で、初めての雨天である。それでもしとしと降る程度で、空は明るい。
「灯りがいらない雨は不思議な感じがするわ」
 トラホスは雨が降ると辺りが真っ暗になり、家での仕事は灯りなしでは進まない。
「窓の大きさもあるでしょう」
「ああ、そうね」
 カタリナの言うように、ディーディランの窓はどこも大きく、透明な硝子が入っている。トラホスの窓にも硝子は入っているが色がついており、多くが分厚く不透明な硝子であるため、余計暗く感じるのだ。
「ディーディランは硝子の精製で有名だものね」
 ふとそこで、スノーリルが難しい顔をする。
「ねえ、カタリナ。それをトラホスで活かしたりはしないの?」
 先ほど聞いてきた話から、当然硝子の精製法を知っているのではと思ったのだ。全てを口にはしないが、カタリナには通じたようだ。
「そもそも、素がありません」
「あ。そうね」
 なんだやはり何もない国なのだと、妙に納得し、だからこその情報なのかと思い至った。国の要になっている硝子精製法を他国に洩らされては困る。それを盾に色々と交渉があるのだろう。
「父上は本当は大変なのね。兄上も」
 真剣に呟くスノーリルにカタリナは複雑そうに笑った。
「本当は知られたくなかったようですよ」
 聞かれたら話してもいいと言われているといったカタリナは、どうやらトラホス王とかなり通じているらしい。
「父上はあれで心配性だもの」
 微笑んで髪に触れる。
 人とは違う白い髪を子供が珍しく思うのは当然で、スノーリルをよく思っていない大人を見習い、からかう子供も多かった。
 そのたびに泣いて帰るスノーリルに母は厳しく、父は甘やかした。
「カタリナを執事にしたのも父上だし」
 侍女では行動範囲に制限が出るが、執事なら大概の場所に同行できる。
「名ばかりの執事ですけど」
「そんなこと無いわ。カタリナは頼りになる執事よ」
 スノーリルが今まで体験してきたほとんどを知っている人であり、親兄弟よりも長く時間を共にしている。
「ああ、でもカタリナの正体を知ってからは戦友かしら」
 両手で茶器を包み込み、くすりと悪戯っぽく笑った。
「正体なんて大それたものではありません」
 苦笑するカタリナもゆったりと茶器を持ち上げた。
 ちょうどそこへリズがカタリナを呼びに来た。どうやら訪問者があるようだ。
「失礼します」
 そう言って席を立つカタリナを見送り、手近にあった本をとる。
 ディーディラン国の歴史が書かれている本であるが、歴代王の長い名前を覚えるのにそろそろ嫌気がさし、年表だけを読んでいる。読めば読むほど戦争の歴史だ。
 ふとアルジャーノン大臣の独白めいた言葉を思い出す。
「白を嫌うか…」
 アルジャーノン大臣に綺麗だと賛辞をもらったが、間違いなく社交辞令だ。心からそう思って言ってくれる人というのは見分けがつく。
 今でこそ、たくさんの人に綺麗だと言われるようになったし、その全てが嘘ではないだろうが、本心から綺麗だと思う人のほうが少ないのも事実である。そのくらい白とういう色は強烈な負の要素なのだ。
 しかし、それをものともせずに寄せられる好意もある。だからこそ、うわべだけの賛辞に嬉しさを覚えたりしない。
「キレイなのにもったいない。か」
 今ではたっぷりある白髪。その目に映る自分の髪が嫌で短く切ったことがあった。その時に出会った少年が、そう言ってくれた。それまで切った髪を惜しむ言葉をくれた人は一人もいなかっただけに鮮烈に覚えている。
「ああ、でもカタリナには怒られたな」
 昔を思い出し、くすくす笑っていると、話を終えたカタリナが戻ってきた。
「何か面白いことでも書かれていましたか?」
 本を持って笑っていたためそう映ったのだろう。
「どなただったの?」
 なにやら招待状のようなものを持っているカタリナに、おそらく何かの誘いだろうと質問をする。カタリナはその招待状をスノーリルに渡した。
「名乗りはしなかったのですが、おそらくミストローグ国の者だと思います」
 封を切って中を確認すると、一言。
「お話があります――エスティ。……エストラーダ…エディ…だと男性の愛称になるかしら?」
 紙をじっと見つめ、なにやら思案する。
「もしかしたら、アルジャーノン大臣に会った帰りに遭遇したのかしら?」
 あの出会いを思い出し、わざと対面を果たしたように思えたのだ。
「あるいは、大臣の企てかもしれません」
「それなら平気ね。お答えしたの?」
「いいえ。ただ場所は告げられました」
「そう」
 用意のいい執事は紙とペンをスノーリルの前に置いた。小さな紙に了承の言葉を書き名前を書こうとして、手を止める。
「うーん。どうしよう、やっぱり"スノー"?」
「別に愛称じゃなくてもいいのでは?」
 妙なこだわりを見せるスノーリルに、カタリナは小さく笑う。
 書き終えた紙を小さな封筒に入れ、封をし、カタリナに預けると、もう一度招待状を見る。
「お話…ね。王子のあの話は本当かしら?」
「初恋の相手を探しているという、あれですか」
 もし、アルジャーノン大臣が同じ話をエストラーダ姫にもしているのなら、もしかしたらその話かもしれない。廊下で会った様子から、興味本位ということもあるが、侍女たちがそれを許さない気がする。
「ね。カタリナの初恋っていつ?」
「私ですか? そうですね、スノーリル様に会う三年くらい前でしょうか」
「へえ〜。トラホスの人?」
「はい。片思いでした。今は諜報活動をしていますよ」
「ええ!? 本当?」
 驚き思わず大声を出したスノーリルに、カタリナは上品に笑ってその場を去って行った。次の間でマーサとなにやら話している声が聞こえる。
「諜報は家業…ということは、貴族じゃない人よね。そうよね、私に会う前だもの」
 カタリナの身分は貴族ではないのだが、スノーリルの執事歴が長く、貴族の男性からも求婚されているらしい。実際、カタリナをもらえないかと、主人であるスノーリルに掛け合ってくる人物もいるほどだ。
「そうなのよ。カタリナは人気者なのよね」
「はい?」
 言伝を終えて戻ってきたカタリナをじっと観察する。
 癖のない亜麻色の髪。灰色の瞳は赤い色が含まれていて、桃色にも見える。目を引くほどの美人ではないが、清楚をそのまま形にしたような、優雅な女性だ。
「スノーリル様?」
 凝視したまま言葉もないスノーリルに、カタリナは話をはぐらかしたことに怒っていると勘違いしたようだ。
「私の初恋相手はもう結婚しています。今はスノーリル様の側が一番です」
 聞いてもいないことを告げるカタリナに、スノーリルは目を瞬いた。
「スノーリル様はどうなのですか?」
「私?」
「ええ。いましたでしょう?」
 カタリナとは古い付き合いだ。しかも、カタリナのほうが年長である分だけ、スノーリルの知っていて欲しくないことも知っている。
「はい。いました。でも、トラホスの子じゃないわ…多分」
 少し不貞腐れ気味に答えるスノーリルに首をかしげる。
「多分?」
「ずっと、貴族の子だと思っていたんだけど、トラホスにはいないの」
「名前は聞かなかったのですか?」
「聞かなかったというか、聞けなかったというか…」
 どこか遠い目で告げるスノーリルに、カタリナも考えた。
 名前も聞いていない貴族。しかもそれはトラホス国にはいないとなると、大陸の貴族であるということだ。その数は小さなトラホスの何百倍になるかわからない。
「会いたいですか?」
 からかう様子はなく、優しい瞳で尋ねられスノーリルは頷いた。
「そうね。その子が約束を覚えているなら、会いに来てくれるはずなんだけど」
「約束ですか」
「でも、毎年トラホスにくる貴族でもないし。はっきりいってお手上げ状態ね」
「ああ、それで探す自信がない。ですか」
 アルジャーノン大臣にそう答えたことへの納得だったが、スノーリルは赤くなってぐうっと唸った。
「カタリナ嫌い」
 また不貞腐れてそっぽを向くスノーリルの髪をそっと撫でる。
「会えますよ。きっと」
 姉のようなカタリナにスノーリルの怒りはいつも続かない。
「ありがと」
 ちょっとだけ見上げて呟いた。
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