勝負服の考基準
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 晴天の土曜日。待ち合わせは駅でという事だった。
 十時の電車に乗って、二駅。目的地は遊園地だ。といっても、地元の遊園地なので、そんなに混みはしないだろう。でも、そこは間違いなくカップルのデートコースだ。先輩によれば初心者コースだとか。
 それを聞いて少し首をかしげた。歩クンは間違いなく上級者だと思うからだ。まあ、こちらにあわせてくれたということだろう。
 土曜日の駅はいつもの通勤とちょっと違った雰囲気だ。周りは同じく待ち合わせをしているだろう人や、学生服、スーツ姿のサラリーマン、誰かを待っている風のお年寄り夫婦、これから旅行なのか大きな荷物を横に置いている人など、かなり多彩だ。
 その中からおそらく待っているだろう人物を探す。
 わりと大きな駅なので改札正面も広い。そこにいる人もかなりの量だと思うのだが、わりとすぐに発見できた。改めて遠目にもやっぱり目立つ人だなと思った。
 今日の服装がさらにそうさせているのかもしれないが。
「お待たせ」
 声をかけるとはっとこちらに視線をよこし、照れたように笑う。
「おはようございます」
「おはよ…可愛いね」
「川上さんも素敵ですよ」
 なんだこの会話はと思わないでもないが、実際今日の歩クン…アユちゃんは可愛い。昨日の電話で悩んでいたようだったからリクエストはしたけれど。まさか、こんなある意味最強の姿で現れるとは思わなかった。
 フード付きのニットカーディガンは丈が長めで、短めのスカートの裾はフリフリ。オーバーニーのソックスに足元はぺったんこの靴。全体的にモノクロスタイル。アクセサリーは長めのネックレスが一つだけ。
「そういえば、こっちの姿は久々だね」
 最近あまり目にすることはなかったが、初めて会った時と同じ、女装した姿だ。お化粧ももちろんばっちり。
 なんか、微妙にこっちが恥ずかしくなるのですが。
 私はといえばいたってカジュアル。リミタリー系のコートにジーンズ。足元はスニーカー。アクセサリーの代わりに帽子をかぶってるくらい。お化粧はまあ、そこそこ。
 絶対に性別を取り替えたほうがいい。そんな事を思うほどアユちゃんは可愛い。
「寒くない?」
 今日はものすごいいい天気だが、そのせいなのか逆に空気は冷たい。ちょっと寒そうな姿――特に足が――なので聞いてみるとにっこりと微笑まれる。
「大丈夫です。切符買っておきました」
「ありがと」
 電車の時間はすぐだ。二人で改札を抜けて、停車している電車に乗り込む。土曜だけあってラッシュほどではないが、どうやら座れる場所はなさそう。
「アユちゃんは行ったことあるの?」
「はい。何度かありますよ」
 なんだかとっても嬉しそうな顔がすぐそこだ。視線の高さはやっぱりそんなに違わない。二駅だから扉側に立って手すりにつかまって立っているが、次々に人が乗り込んでくる。それをやり過ごしつつ必然的に体を寄せる。
「土曜のこの時間でも混むんだね」
「そうですね」
 周りを見ればカップルが多い気がする。ということは、みんな行き先は同じなのかと他人事のように思って、そういえば目の前の人も男性なのだと思い出す。どこからどう見ても女性にしか見えないアユちゃんとだと、間違いなく女二人で連れ立っているようにしか見えないだろう。
 それにしても、細身の男性がこうも女性的になれるものなのだろうか。男装のときの歩クンは女の子から黄色い歓声をもらうくらいカッコイイのに。でも、よく考えればあの時は男の子という意識があるのかもしれない。逆で言えば、今は女の子という意識なのだろうか。
 そろそろ出発の時刻だろう。乗ってくる人も少なくなってきた。
 扉付近は人口密度が一時的に高くなって窮屈だ。
「アユちゃん大丈夫? 手すり握れないでしょ」
 私はなんとか手すりをキープできてるが、アユちゃんは押し出されて人の間に立っているだけになっている。腕を捕まえてそのまま組む。
「あの、えっと、すみません」
 ぎゅうぎゅうだから密着するのは当然だが、どうやらそれが恥ずかしいらしい。
 戸惑って、頬を染めて、はにかむその姿が凶悪なくらい可愛い。これは、ちょっと危ないかも。そう思った瞬間、私の後ろにいる人物が「あの子かわいい」と別の誰かに声をかけたのを聞いた。
 話の方向がなにやらナンパしようかというものになっているが、そんな会話はアユちゃんには聞こえてないようだ。落ちつかなげに視線をさまよわせ、体は硬直してる。
 小さく息を吐き出したところで扉が閉まった。
 ガタンと最初の衝撃がくる。それに押されてアユちゃんがこっちに一つたたらを踏んだ。ふわりと良い香りがする。
「アユちゃんさ、待ってるときナンパされたでしょ」
「え?」
 唐突に話題をふると驚いたようにこちらに視線を投げる。その近さにさらに驚いたのか慌てて体勢を整える。しかし、それを妨げるようにもう一つ衝撃が来るのに、やっぱりこっち側に押されてくる。
 その度に視線をきょろきょろさせるのに無条件に可愛いと思う。
「どうしてそんなこと聞くんですか」
「いや。なんとなく。今日は一段と可愛いから」
 アユちゃんは普通にしてても、男装の時だって目立つのだ。そうじゃなくても今日はあの有名な「絶対領域」が目を引く服装なのだから、ある意味声をかけないなんて失礼だろう。
 無意識なのか、それとも意識しているのか。実に男性の好みそうな格好を良く知っている。いや、男性なのだからそれを体現するのは容易なのかもしれない。
「やっぱり、普通のほうがよかったですか?」
 どこか頼りなげにそう聞いてくる。
「普通でしょ?」
 今の姿はアユちゃんの普通なのではと思う。そのままを言葉にしたけど、何か言いたそうにちらりとこちらを見る。でも何も言わずに扉の窓へと視線を向けた。
 相変わらず頬を染めてはいるけど、どこか落ち込んでいるような雰囲気だ。じっと観察してみれば、目が充血してる。
「アユちゃん、もしかして寝てないでしょ」
「川上さんはよく寝れたようですね」
 どこかすねたような声が即答で返る。それに思わず笑ってしまう。
「結構悩んだよ? 何着ていけばいいんだろうって。遊園地って最近行ったことないし」
 多分、寝ていない理由はそこだろうとなんとなく察してはいる。だいぶ落ち着いてきたアユちゃんはがちらりと横目にこちらを見てから視線を落とした。
「こんな格好でごめんなさい」
「私は別にどっちでもいいって」
 なんだか泣きそうな雰囲気だなと思って、目の前にある茶色い髪をぽんぽんと撫でる。
 それにしたって、オーバーニーソックスの似合う男性って…。いや。深く考えまい。
 一つ目の駅について、そこで半分くらいの乗客が降りる。ぎゅうぎゅう詰めから解放されて、アユちゃんを手すりに誘導するとそれに素直に従ってくれたが、ふいに真正面から見つめられた。
「なに?」
「いいえ。観覧車には絶対に乗りましょうね!」
「ええ〜。高所恐怖症だからな……って言ったら絶対に連れてくでしょ」
「そうじゃなくても連れて行きます」
「そうですか」
 できれば二人きりになりたくないのだが、多分目の前の可愛い子はそれを狙っているだろう。何をどう勘違いしたのか、この私を落とす宣言までしたのだから。
 思わずため息を落としてしまうのも当然だと思ってくれ。
「本当に恐怖症なんですか?」
 心配気に聞いてくるのに頷いてしまおうかと思ったのだが、ふいに視線がそらされた。
「ねえ、二人は遊園地に行くんだ?」
 声がしたのは私の後ろ。アユちゃんが視線をやったのも後ろ。
 やっぱり来たかと思って振り返る前にアユちゃんに視線を向けると、なにやら壮絶な笑顔が返ってきた。
 大人っぽいその笑みは歩クンのもので、思わず苦笑した。



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