勝負服の考基準
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 少しだけ川上さんの背中を追いかけて、やっぱり電話にすることにした。
 遠くから見ながらの電話は二度目だ。
 電話をすると立ち止まってバッグの中から携帯を取り出す。開いて名前を確認してから出てくれた。
『はい』
「こんばんは」
『こんばんは。仕事は終わった?』
 歩きながら話すのかと思っていたけど、すぐ近くのベンチにすとんと腰を落とした。
「はい。川上さんは?」
『うん。終わって、買い物に付き合った帰りです』
「何か買ったんですか?」
 見ていたのだから何も買っていないことは分かっている。微妙に、何してるんだろうと思わないでもない。
『うーん。買うかどうかを迷ってます。デートはどこへ?』
「あ。えっと、遊園地に…」
 質問にそう答えて、自信がなくなる。
 もしかしたらディナーとかに誘ったほうが良かったのだろうかと思ったのは、あの女性の買っていたワンピースがちょっと余所行きなワンピースだったからだ。
『ということは、朝?』
「はい、電車で行くんですけど」
『電車で行ける遊園地っていうと、あそこか』
 ここから電車で行ける遊園地は一つしかない。高校生なんかのデートコースの定番でもある遊園地だ。そう考えると少し子供っぽかったかもしれない。
 反省と後悔をその場でしてると、川上さんが何か考える風で言葉を繋ぐ。
『うーんと、そうすると、少し動きやすいほうがいいよね?』
「はい。でも、絶叫系とか少ないですから、足元だけ考えればあとはスカートでも大丈夫ですよ」
『そっか。アユちゃんはスカート?』
「えっ」
 いきなりの質問につい大きな声を出してしまって、見つかったかと心配するけど、その心配はないようだ。
『あ。寒いかな。やっぱりパンツ?』
「そんなに寒くはならないって、予報で言ってましたよ」
『そうなんだ。晴れるといいね』
「はい」
 川上さんは僕が女の子スタイルで行くと思っているのだろうか。それともただの参考までに聞いてきているのだろうか。しばらく沈黙して考えてしまったのを川上さんはどう思ったのか、『歩くん?』と耳元で尋ねられる。
「あの」
『はい』
「男の子の格好のほうがいいですよね」
 普通に考えれば当然だ。この質問自体がおかしい。そんなことは分かっているけど、川上さんがあまりにも普通の応対で、逆にそれが不安にさせる。この人は僕のことはどうでもよくて、何を着ていっても、どんな格好でも実は関係ないと思っているかもしれない。
 付き合ってくれているのも、ただの同情なのかもしれないし、その可能性のほうが高いことくらい分かっているつもりだ。つもりでも、事実だと知らされるのはつらい。
「デートっていつも女の子の格好しかしたことなくて…」
 何を言い訳してるんだろう。だったら最初から誘わなければよかったのに。
 いろんな言葉が頭の中を回る。鼻の奥がツンとして、みるみる視界が歪んでいく。
『別に、服装なんて気にしなくてもいいよ』
 やっぱり。思ったとおりの答えに「そうですか」とやっと答える。泣いているのがばれないうちに会話を切り上げてしまおう。次の言葉を返すまでに少し息を整える。
『格好も大事だけど、私を落とすつもりならそれだけじゃダメだからね?』
「え…」
『カワイイ格好でおいでよ。私の好みとしては極端な露出はダメだけど』
 くすくす笑いながらそんなことまで言ってくれる。からかっているのか? ちょっとだけ川上さんを伺うと楽しそうにニコニコしながら電話をしてる。
「ワンピースとか?」
『あれって実は手抜きだよね』
「う」
 月子さん! と思わず叫びそうになる。
 トンチャクしないなんて嘘だ! かなりちゃんと見てる人だ。それもわりとレベルが高いのではと思うのですが。微妙に冷や汗が出てきた。今までの自分の格好を思い返して、大丈夫だろうかと思いつつ、話題を変えようと聞いてみる。
「川上さんはスカートですか?」
『スカートはスーツ以外だと二つくらいしか持ってないんだよね。ま、遊園地ならパンツルックが一番無難でしょ。意外と動くし』
「そう、ですね」
 わかった。頓着しないのは自分の服装の話なんだ。
 これから気をつけようと心に誓って話題を戻す。
「あの、女の子二人で遊園地デートはおかしくないですか?」
 まったくないことではないが、どうしても気になる。川上さんはどう思っているのだろう。尋ねるとあっけらかんと答えが返る。
『そう? 私はよく女の先輩にデートに誘われるけど。ちなみに今日もデートでした』
 今日? あの女性のことか。
 仕事帰りのデート。そういえば、それならしたことがあると思い出す。
 川上さんはあの延長くらいに思っているのだろうか。それならば、あまり気負う必要はないのかもしれない。結局、周りの目を気にしてるのは僕のほうなのだ。
「わかりました。じゃあ、カワイイ格好で行きますね」
『うん』
 待ち合わせの場所と時間を話し、じゃあ明日と電話を切った。
 立ち上がった川上さんの後姿をしばらくつけて、見えなくなるまで見送ってバス停へと向かった。ちょうどバスが来ていてすぐに乗り込む。
 会社帰りの人たちが沢山乗るバスは金曜日であるためか、少し浮かれた雰囲気だ。
 これから帰ると電話をする人や、メールを打つ人、買い物袋を下げた人に、学生たち。男女で椅子に座っているのはカップルだろうか。時々何か囁きあって笑っている。
 いいなぁと思って、やっぱり自分には無理なのだろうかとまた思う。
 今までは全て受身だった。カノジョのポジションにいたのだから当然であるが、今回はそれではダメなのだ。川上さんがいくらかっこよくても女性なのだから。
 でも、電話の会話はそんなことを考えているのは自分だけのような気がする。川上さんはまったく気にしていない。それどころか受け入れてくれている。逆にそれが今までなかったことで、戸惑うことが多い。
 相手が男性なら、女性でいることを求められたし、逆に女性が相手の場合は男性であることを求められた。女の格好で一緒に歩いてくれた女性はいなかったし、男の格好で一緒に歩いてくれた男性はいない。
 常に、どちらかだった。
 そこまで思考がいき、前に同じことを尋ねたことがあると思い出す。
 こっちがいいかという質問に、明確な答えを返されている。
 そう、川上さんはちゃんと「日下歩」を見てくれる人だ。
「そっか」
 服装は大事だけど、それだけじゃダメ。
 うん。まったく、その通りだね。
 思いっきり笑ってしまい、慌てて口元を隠して顔を外に向ける。窓ガラスに映る女子高生がこちらを見て何かを囁いている。変な人だと思われただろうか。
 とりあえず、帰ったらすぐにクローゼットを開けよう。
 そして思いっきりカワイイ格好をして行くんだ。
 どうしようかと思い悩んでいたのはついさっきだったのに、今はそんなことを気にすることなく明日が待ち遠しい。
 川上さんはいつも簡単に心を軽くしてくれる。
「不思議な人だなぁ」
 そういえば年上なのだ。経験の差だろうか。でも恋愛はそんなにしたことなさそうだ。
 結局は器の違いなのかもしれない。
 明日はとりあえず川上さんの好みを探ろう。
 露出高めはダメってことは、合コンの格好はNGだったのか。お嬢様系はやったし、あとあるとすると…。ああ、ある。とっておきのが。
 そこまで考えてまた笑みがこぼれた。
 
 好きな人のために服を選ぶのはいつだって楽しい。川上さんも今夜は悩んでくれるだろうか。



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