デートの行き先を決めるのはいつも相手のほうだったので、正直どこに行こうか迷った。
定番の映画も、見に行きたい恋愛映画はもうちょっと先で、今やっているのはアニメと戦争物とヒューマンドラマ。アクションもあったっけ? 月子さんの情報によると川上さんはつまらない映画は本気で寝るらしい。それはさすがにちょっと困る。その後の会話が続かない恐れがあるし、悪くしたらそのまま帰られる気がする。
街中で買い物とかも好みが知れていいのだが、川上さんはあまり街中で僕と歩きたくないかもしれない。郊外に出て買い物もいいけど、それだとデートとは少し違ってくる気がする。
家でデート? それはもう少し親しくなってからだと思うし、絶対に了解してくれないと思う。うん。
無難なところで水族館か遊園地。
距離的に近いということで、遊園地にしてみたが、川上さんは楽しめるのだろうか。
絶叫系があまりないお子様向けの遊園地なので、気合をいれてカワイイ格好ができるのが魅力だ。
遊園地なのだからヒールは止めておいたほうがいい。歩くだろうし、スニーカーが一番ベストだろうけど、それだとあまり可愛くない。ペッタンコの靴があるからあれに何か合わせて買い物をしようかとルンルン気分で街中を歩いていた。
「…あれ?」
歩き出してからふと気がつく。
そうだ。今回はいつもと違うのだ。
相手は女性で、僕が男性という立場なのだから、違って当然だ。
「え。あれ? どうしよう…」
自分の姿を近くのウィンドウで確認する。
仕事の時は至ってカジュアル。スニーカーにチノパン。上はちょっと寒くなってきたからワークジャケット。中は黒に細い紫のチェック柄のシャツ。髪はいつも一まとめ。
がんばれば女の子に見えなくはないけど、どっちかといえば男の子だ。ノーメイクだし。アクセサリーは付けてない。
男の子スタイルの服はこういうものしかない。他所行きのものは確かにあるけど、ちょっと固い。遊園地に来ていくような服はカジュアルでいいだろうけど、でも、デートなのだ。
「どうしよう」
いまどきの男の子のする服装がまったく分からない。いや、街中に沢山いるのだから参考にするにはいいのだが。問題はそれが自分に似合うのかどうかがわからないという点だ。
ちょうど街中。歩く人を少し観察してみる。
ぴったりフィットのスキニージーンズに黒いジャケット。インナーは白いTシャツかな……。どっちかというと、筋肉質な人が似合いそう。これは却下。
次、ヒップホップでもしてそうな大きめの服…絶対に似合わない。僕がやると子供が大人の服を着ただけになりそうだ。
あ。あの人いい! と思うのは、ただ単に僕の好みの男性なだけだし。
「………」
全然わかんない。
というより…。
「川上さんの好みを知らない」
それが一番致命的な気がした。
今までの男性は初めて会ったときの反応とかを見て、どういうものが好きなのかを判断できたけど、今回はまったく分からない。
最初は多分覚えてないだろうけど、二度目は合コンの席だったから、かなり露出高めだったと思う。三度目以降はちょっと綺麗目スタイル。
「後は仕事帰りの服か…」
これにアクセサリーを追加?
つまんだ服に何を追加しても普段着は普段着でしかない。
どうしようと途方に暮れていると目の前をビジネスマンが二人通り過ぎた。制服としてこれ以上カッコイイものはないと思っているのだが、これはそういう仕事をしている人が着て初めて似合うのだから僕には無理だ。
後ろ姿をなんとなく見つめていると、駅での男性を思い出す。
川上さんと一緒に帰っていた男性は間違いなくスーツの似合う人だった。かなりかっこいい部類に入ると思うし、仕事ができそうだった。川上さんも敬語で話してたし。
あの人は絶対、間違いなく、川上さんが好きなんだと思う。
電話する川上さんを見つめる目が普通とは違ったものだったのに気がついたのは、僕も同じ感情を川上さんに向けているからだ。
あの人は仕事以外でも川上さんに会うのだろうか。
「しばらくスーツは嫌いになりそう」
抱いてもしょうがない感情を外に逃がすために息を吐く。
「どうしよう。月子さんに電話?」
でも、服どうしようなんて相談してもいいものだろうか。こういう時は一番頼りになるとは思うけど、迷惑ではないだろうか。
ひとしきり考えて、電話ではなくメールを打ってみる。
月子さんは経理事務所で働いているので、メールなら暇であれば返してくれる。
しばらく男性向けの服を外から眺めていると返信が来た。
『あまり派手でなければ何でも平気じゃないかな。ちさはあんまり服にトンチャクしない人だから、カジュアルでも大丈夫だと思うよ?』
なんとなく、予想通りの返事だった。
「ありがとう月子さん。あんまり参考にならなかったけど」
一応お礼のみ返事を返しておく。
結局、うろうろと街中をさまよっただけで何も買わなかった。
どう考えても自分に一番似合う服というのが分からない。それに、なんとなく男性向けのお店に入るのに躊躇ってしまう。なんとなく、年相応の服を出してくれても、高校生とか思われそうで怖い。
何時になったのだろうと時計を見てかなりの間うろうろしていたと知らされる。
もう、さすがに川上さんも仕事が終わった時間だ。もしかしたら帰り道かもしれない。
携帯を取り出して電話をかけようとしたところで、遠目にOL二人が歩いているのを目にする。一人は長い髪の華やかな感じのする女性。その女性に案内されるように歩いているのは短めの髪の女性。
「川上さん…」
見間違いかと思って少し近づいてみると、やっぱり、間違いない。どうやら会社帰りに女性の買い物に付き合っているらしい。傍目にも仕方ないなと付いて歩いている様子が分かる。
「どうしよう」
携帯を見て、川上さんを見る。
直接話したほうが早いだろうけど…。
ちょっとだけ二人を観察することにした。
入っていったのは僕もよく利用するお店だ。大きな硝子の中に入った二人は華やかな女性が率先して服を選び出す。手には二つ。少しタイプの違う服を二つ見せているようだ。
やがて川上さんが一つのほうを指差す。
すると女性はにっこりと極上のスマイルを浮かべて試着室へと向かった。
「服選んであげてるんだ」
ということは、月子さんのトンチャクしないというのは間違い?
じっと見つめているとふいに川上さんがこちらを向いた。慌てて隠れる。けど、明るい店の中から暗いこっちは多分そんなに見えてないと思う。ドキドキしながら覗いてみると一つ、服を手に取ってみていたがすぐに戻す。その作業をしばらくしていると、ふと店の中へと振り返った。
先ほどの女性が試着した姿を見せにきたのだ。
胸から切り替えのワンピースはちょっと大人の雰囲気で、女性によく似合っていた。シンプルな黒ベースに切り替えの下部分はストライプ柄ですらりとした印象。
「ああいうのが好きなのかな」
じっと観察していると、女性は満足した様子でその服を購入したようだった。
店から出てくるとその場で手を振って分かれた。