そんな日の帰り道
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 その日、返信をしてみた。
 『駅近くにできたスタバ行ってみましたか?千智さんはコーヒーとかって好きですか?僕はカプチーノが大好きで、スタバができたのはすごく嬉しいです』
 と、そんな内容だったので、
 『コーヒーも好きだよ』
 とだけ送ってみた。ただ、それだけ。
「我ながら微妙な返事だ」
 これでは次の一手をどう打つべきか悩むかも。誘っているわけでもなく、ただの嗜好を伝えただけ。しかも、「も」ってことはそれが特別ではないと言うことでもある。
 
 
 仕事中に携帯はほとんど出ない。マナーモードにしておくというのもあるけど、営業をしているわけではないので、私に緊急の用がある人物たちはほとんどが会社の電話を通してやってくる。
 というか、ノルマがあるのにそんな事に構っている暇などない。
 今日も、今日中に終わらせなくてはならないデータをパソコンにどんどん飲み込ませていく。
 外の景色が変わって行くのもわからないまま、社内に終業の音楽が流れ出す。
「川上ー。終わりだぞー」
 上司にそう声をかけられ「はーい」と返事をして、とりあえず終わった分を保存、コピーして外部端末に保存。面倒だがこれを怠って一度酷い目にあってから、必ず外部にコピーするようにしている。
 その作業が終わるまでの少しの間に、どんどん同僚たちが席を立つ。
「川上さん、この後暇?」
「残業はしませんよ」
 目の前の仕切りの上にひょっこり顔を出した同僚に声をかけられる。見なくても声だけでわかるが、一応視線をやっておく。
「これからみんなで飲みに行くんだけど」
「そうですか。お疲れ様です」
 ちょうどコピーが終わり、外部端末を抜き取る。小さな蓋をして、鍵の付いているデスク上部にいれ鍵をかける。帰りの支度はコピーをかけている間に用意してあるし、電源を落として今日の業務は終了である。
「川上さんもどう? 一緒に」
 少し遅れての問いに、相手がまだいたことにようやく気がつく。
「私ですか?」
「そう」
「遠藤くーん」
 ドア近くで女の子の声が呼ぶと、目の前の同僚が振り返り「ちょっと待って」と言葉を返す。
「あ。それとも他に用がある?」
「用はないですけど」
「じゃあ、行こうよ。みんなも待ってるし」
 にこやかに笑う青年はこの部署の人気者だ。対して私の人気はこれといってない。みんなが待っているのは彼であって、私ではないはずだ。
 彼はみんなに気を使う人だ。孤立することの多い私を結構気にしているようで、よくこういった話を持ちかけてくるのだが、確か過去断ったのは片手で足りなくなりそうになっているはずだ。
 
 一つ、ため息。
 
「わかりました。じゃあ、一緒させていただきます」
「よかった。行こう行こう」
 彼はそう私を急かすとドアに向かった。他にもいた同僚になにやら告げている。
 電源が落ちたことを確認して、バッグを持って、まだデスクに齧りついている上司に声をかけてから出る。
「川上さんがくるなんて珍しい」
 私に声をかけてきた同僚を呼んだ女の子が、ちらりとその同僚に視線をやってから言ってくる。茶色のショートボブでマスカラをたっぷり使った睫毛が重そうに上下に動く。その様に笑って答える。
「まあ、たまには」
「そうだよ。たまには飲んで発散させないと! ね?」
 同意を求められ「そうですね」とだけ返しておく。妙に空気が悪い。
 数人の同僚に囲まれ歩き出し、社を出て流れるまま歩く。
「川上さんは飲めるんだよね?」
 聞いてきたのは隣のデスクの同僚で、いつもきちんと髪を丸くまとめていて、下ろした姿を見た事がないといわれている女性だ。
「はい。一応」
「実は強いでしょう」
 片眉を器用に上げて笑う顔は何かを期待していそう。
「そう見えます?」
「えっ、いや、そうじゃないけど。飲めなそうな人って、意外に飲めたりするでしょう? 私もそう言われるし」
 焦ったように手を振って、否定なのか肯定なのかわからないことを口にする。その様子に友人を思い出し思わず吹き出す。
「田辺さん"も"言われるんですか」
「あ゛!」
 しまった。そう顔に作ってから「もう!」と肩を叩いてくる。
 そこで、突然携帯が鳴り出した。
「んん?? もしかしたら川上さんのかも?」
「え?」
 自分の携帯を確認して田辺さんが言うのに、ようやく自分の携帯が鳴っているのだと知る。
 玄関までの間にマナーモードを解除してあったのだ。
 そういえば今日は金曜日。また友人かとディスプレイを見て、思わず足を止めた。
「あの、ちょっとすみません」
「なになに? 彼?」
「あはは」
 メール着信音には長すぎる。鳴り続けるのはコール音。
 田辺さんにからかわれながら出ると、一瞬だけ沈黙。
『あの、あっとえと……歩です』
 焦ったような声に思わず笑う。
 かけてきたのはそっちなはずなのに。
「ごめん。ちょっと待ってくれる?」
 そう言い置いて、田辺さんにやっぱり行けないと告げると、眉を持ち上げてにんまりと笑ってから頷いてくれた。
「わかった。みんには言っておく。うん。私たちなんかより、彼を優先しなさい」
「あはは。すみません」
「じゃあね。また来週〜」
「はい。お疲れ様でした」
 先に行ってしまったみんなに向かって小走りでかけて行く田辺さんを見送り、もう一度携帯を耳に持ってくる。
「ごめんね」
『あ。いいえ。こちらこそ、すみません』
 もしかしたらこちらのやり取りを聞き取ったのかもしれない。謝る歩クンの声を聞きながら、みんなとは逆方向へ足を向ける。
「電話なんて初めてだね」
『はい』
 会話が続かないのは歩クンが何か言いたそうなのに口をつぐむからだ。
 電話をしてきた以上何かあるはずだ。それを言い出せないのはこのタイミングに悪いと思っているからだろうか。
「ちょうどよかった。どうやって断ろうか思案してたところだから」
『会社は終わったんですか?』
「うん。これから飲みに行こうって言われて、断るのも悪かったからのったんだけど。会社の飲み会なんて、合コンとそんなに変わらないから疲れるんだよね」
『川上さん、合コン嫌いそうですもんね』
「うん。そうなの。飲むなら静かなところがいい」
 他愛ない会話で少し落ち着いてきたのか、歩クンの声に少し余裕が出る。
「どころで、歩クンはどこにいるの?」
 電話の向こうからは微かに音楽が聞こえる。それと人の声。
『あ』
 その指摘に少し口ごもると、こう言った。
『駅近くのスタバです。あの……コーヒー、飲みませんか?』



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