そんな日の帰り道
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ayumu side  1.
 二度の衝撃の告白を受けてから、毎日のようにメールが届く。
 一日一通。他愛のない文面で、最後に必ず「返信は不要です」と記してある。
 
「返信不要ですってメールの文面につける心境ってどんなですかね?」
 職場の先輩にお昼の食堂でなんとなく聞いてみた。
「なになに、チーちゃん。メル友でもできたの?」
 本日の日替わりランチは天ぷらそば。その天ぷらを箸に挟んだまま綺麗に彩られた唇でにやりと笑った。
「チーちゃんは止めてください」
 私はA定食。一人暮らしなのでここでバランスを取ってる…なんて言ったらこの目の前の先輩に立派な主婦になれと言われた。
「いいじゃない。減るもんじゃなし…で?」
「で?」
「メル友?」
「まさか。っていうか私の場合続きません」
「あはは。だね」
 あっさりと肯定してぱくりと天ぷらを口にする。つるりとそばを啜ってレンゲを使って汁を飲む。その合間に私の後ろから「牧野さん」と声がかかる。するとその声に応じて片手を挙げてにっこりスマイル。
 社内のマドンナ…本人曰くアイドルは、今日も完璧に仕上がったゆる巻きの髪のサイドをすくって後ろで止めている。麺を食べる時はいつもこのスタイル。それがいつもよりちょっとだけ彼女をお嬢様な印象にしている。



 半分ほど食べてしまうと先輩に「それで?」と聞かれた。
「はい?」
「はい? じゃないわよ。どこで知り合ったの? いい男? いらないならもらうわよ」
「先輩…」
「冗談よ、いやね〜」
 ほんとかよ。突っ込みを入れたいが、まあ彼女の場合不自由はしてなさそうだ。
「それで、困ってるの?」
 自分は食べ終えたらしく、箸をトレイに置いてちろりと上目遣いに尋ねられる。その仕草があのこに似てるなと思った。
「いいえ。困るほどではないんですけど、毎回返信は要りません…っていくら私でも気になるっていうか」
「ふ〜ん」
 この先輩は私が携帯そのものをあまり好きではないと知っている。
「千智ちゃんはどう思ってるの?」
「どうって、わからないから聞いてるんですけど」
 いや、連絡先を教えたときにそんなことを言ったから、もしかしたら向こうの気遣いってこともあるんだけど、それにしたって毎度ってどうなのよ。
「いや、ただの気遣いなら別にいいんですけどね。なんていうか、なんとなくあのこの場合それを打つたびに落ち込んでそうな気がして」
 そうなのだ。あのこ、歩くん。彼女だと思っていた彼は自分の立場の微妙さをよく知ってる感じだった。それに、どことなく不安定なような………自信があるときは別人なのだが。
 そんな彼が「返信不要」と打つのは自分から先の道を断つ行為に等しいのではと思うのだ。
「チーちゃんって」
 食べ物を口にしたせいでちょっとだけ薄い口元がにゅーっと左右持ち上がる。
「少し人と違うよね」
「は?」
「うんうん。でも私はそこが好きなの」
「えーと。ありがとうございます」
 褒め言葉なのか? 妙にご満悦な笑顔で言われたので一応礼は言う。
「チーちゃんはイヤじゃないの? 返信不要ってことは相手から一方的に会話を打ち切られてるんでしょう? べらべら並べ立てて自己満足してるだけなんじゃない? その相手のこ」
「ああ。なるほど」
 そうか。そういうことも考えられるのか。
「でも、どこそこのランチが美味しかったとか、話題の映画の情報とか、ニュースの話とか、そんなのですよ?」
 そう、いわゆる日常会話。先輩や同僚と話したような内容とあまり変わらないのだ。
 あまりにも他愛無いので返信不要? とも思ったが、ランチだったら約束を取り付けたいだろうし、映画もしかり。ニュースの話は共感をもらいたいだろう。
 相手は私に告白し、尚且つ「好きといわせる」宣言までしてるのだ。しかも、今のこの状況は即席の恋人未満期間。
「返事、待ってるんじゃない?」
 ぽつりと目の前からそんな言葉が伝わる。
「…そう、ですかね?」
「うん。もしかしたらね」
 にーっこり微笑んだ先輩はふふふと上品に笑った。
「もしかしたら年下くん?」
「うわ。はい」
「何よその返事〜。そっか〜。可愛いね〜」
 にまにまと笑み崩れる姿は話しの内容を聞かなければ実に可愛らしくうつるのだから怖い…もとい、不思議だ。
「先輩って年下好みですか?」
「うん。美少年バンザイ。ほら総務にいる西岡君っているじゃない。もう、食べちゃいたくらい可愛いの」
「はぁ」
 そういやいたような気がする程度の認識しかなかったが、先輩はこっちが昼食を食べきるまでその美少年…実際は少年なんて年齢は過ぎているのだが、その子の話しでもちきりだった。
 適当な――といっても下手な返事をすると機嫌を損ねるので慎重に――頷きながら定食を食べる。
 そうなのだ。社の男性陣にはあまり知られていないが、この先輩。牧野未来(みき)は美少年が好きならしい。
 確か御歳、三十を迎えるとか聞いたような…。
 まあ、いいか。人の趣味に文句は言うまい。
 それに………。
 もしかしなくても、歩クンは絶好のカモな気がするのだ。
 うん。こういう勘は良くあたる。



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