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 リーナに紹介してもらった人たちは比較的態度の柔らかい人物たちばかりだった。
 どうやら『神の家』に反対している人たちは、三年前の被害者に関係した人物が中心であるようだと話の流れで読み取れた。
 今日食べる分は新鮮な野菜と、携帯食にできそうな干物類を買い込んだ。
 旅の中でアリシアがジョルジュに教えていたため、まだ続く旅に備えた食料や備品に足りない物の補充はなんとかジョルジュだけでも用意できた。
 食料を持ってアリシアの閉じ込められている納屋に行くと、見張りに二人、女性が立っていた。
「あの、食事を持ってきたのですが、中に入ってもいいですか?」
 二人は顔を見合わせて少し思案したようだったが、頷いて扉を開けてくれた。鍵などはなく、ただのつっかえ棒をしてあり、その棒を取り払う。中に入るとまたそのつっかえ棒をしたようだった。
「割と厳重な扱いのようですね」
 外の様子に気がついたのかアリシアがこちらに顔を向けてにっこりと微笑んでいた。
「昼食と、夕食分を届けにきました。村の方に夕食分は運べないだろうからと助言を頂いたので」
「ありがとうございます。水も無いのは正直辛いなと思っていたところです。それで、何か聞けましたか?」
 昼食は一緒に納屋の中でとるつもりの様子で、ジョルジュは暖かいお茶をポットに入れて持ってきてくれていた。
 食べながらジョルジュの聞いた話を聞き、アリシアはなるほどと頷いた。
「話が全て嘘ではないと思いますが、僕には信じられません」
 リーナには言えなかった本音を法師であるアリシアにこぼすと、同業であるアリシアは苦笑した。
「ジョルジュさんは『神の家』に少々幻想を抱いていますからね」
「え?」
「私はここの村長さんと同じ意見です。所詮は人間。聖職者だとは言え、善悪を内包する人間です。善いこともすれば、悪いこともします」
「そんな」
 アリシアのあまりに他人事な言い草に、少し気分を害したようで眉を寄せ、持ったカップに力をこめた。
「アリシアさんは悔しくは無いのですか」
「同じ聖職者として?」
「はい」
 少し睨むように、挑むようにアリシアを見つめるジョルジュに、当のアリシアは困ったように微笑んでしばし沈黙した。
「ジョルジュさんは、村長さんが言っていた言葉を覚えていますか?」
 突然の話題転換にジョルジュがきょとんとすると、続けた。
「特に法師など、神の名を騙る物乞いと同じだ。――この言葉は真実を捉えているといっても過言ではありません。一度お話しましたね。聖職者になるにはどうしたらいいのか」
 それは、ジョルジュがまだ故郷にいたときに暖炉の前で話されたことだ。
「試験に合格したらといいましたが、その試験とはどんなものかは話しませんでした」
 あの場ではそれ以上の知識は必要ないと思ったから話さなかったということもあるが、何より、ジョルジュの祖母がいたからでもあった。
「一番下っ端の聖職者"法師"になるには『神の家』の門を叩き、「この身を神に捧げます」と誓えばいいのです。通常の場合はそれで法師になれます」
「え? それだけですか? それが試験?」
「いいえ。試験とはその誓いが本当かどうかを試されます。それがどんなものかは誓いを聞き届けた神官に委ねられますが…」
 あまりに簡単な言葉にジョルジュが驚くとアリシアが一つため息を吐き出した。
「大概はその言葉通りのことを要求されます。つまり一生を神に捧げるということで、それを見届けることは普通しません。まあ、あってないような試験なんですよ」
 つまり、なろうと思えば誰でもなれるということである。
「ゆえに、犯罪者が身を隠すためによく使う手でもあります」
「え!?」
 アリシアの言葉に驚きはしたが、よく考えればこれ以上はない隠れ蓑である。
「ですから、この村のように『神の家』を信用していないという場所はよくあります。特に、法師は信用されません。たとえ悪魔を祓う力が無くともなることができるのですから、当然といえば当然です」
 あまりの事実にジョルジュはしばらく考えることをやめたように呆けた。
 その様子を見てアリシアは少し苦笑したが、何事もなかったようにお茶を飲み、食べ物を口にする。
「それでもアリシアは法師でいるのか」
 質問は今まで一言も発することの無かった人物からのものだった。
 ジョジュルがはっとしたようにその発言者に視線をやると、真っ直ぐ黒い瞳を法師へと向けていた。
「ええ。だからこそ法師でいるのです」
 にっこりとそれでもどこか真剣さをその言葉に感じ、ジョルジュはほうっと息を吐き出す。
 目の前の法師は力がある。そのことは力のないジョルジュも知っていた。故郷を守る親友が唯一助けを求めた相手なのだから。もしかしたら本当は位の高い人物で、今は何か理由があって身を落としているだけなのではないのだろうか。そんな推測をしたことも何度かある。
「アリシアさんは三年前の出来事は、神官と法師がしたことだと思いますか?」
 バロックの髪を撫でながらジョルジュの質問にしばし思考を巡らせた。
「そうですね。ベンダーで見つかっているのでしたら、その可能性は高いと思いますよ」
「では、その神官たちがこの村を裏切ったというのは本当なのですね」
 落胆するジョルジュにアリシアがクスリと笑った。その気配にジョルジュが顔を向けると、聖職者であるアリシアがとんでもないことを言い出した。
「裏切りとは違います。そもそも始めから騙すつもりでここに来たのでしょうから。悪魔がいるという話もおそらく彼らが流した話でしょう。全ては悪魔の仕業であるのなら、彼らは人の法を犯してはいないことになる。そう、例え人を殺しても」
 アリシアの言いようでは全ては彼らが仕組んだ犯罪であるということだ。
「で、でも!」
「その少女は当時まだ子供で全てを知っているわけではない。あれだけの反応をする村長の様子を見れば、何が真実かはおのずと知れます」
 世間を知るものと知らないものの差であるが、それでもジョルジュはアリシアの言いようが信じられなかった。
「貴方は、『神の家』には犯罪者がいると、そう、おっしゃりたいのですか」
 自分の祖母がかつて所属し、そして自分自身も憧れの対象としている聖なる職が、まるで汚濁にまみれているかのような言いように、少なからず怒りを覚え、訴える声が震える。
「神の名の下ならば、他人の人生を狂わせることを許されるのですか?」
「それはっ」
「例え神が許しても、その本人や家族が、それを許すことができると思いますか?」
「でも」
「貴方の愛する人が同じ目にあっても、貴方は仕方ないと許してやれますか?」
「………」
「ジョルジュ・アトリス。辛酸を舐めろとはいいません。もう少し視野を広げなさい。それが、貴方を旅に出したメレシーナさんの望みです」
 断罪するように始まった言葉は、徐々に勢いをなくし項垂れるジョルジュを優しく包む声に変わっていた。視線を上げればその顔は清らかで、優しさに溢れており、彼女を間違いなく聖職者と認識させるには十分だった。
「貴方はとても強い方なのですね」
 どこか泣きたい気持ちが湧き上がり、それをごまかすために苦笑してみせた。
「そうでなければ悪魔に負ける」
 呆れたような幼い声に、正真正銘の苦笑いが湧き上がる。
「そうですね。おっしゃるとおりです。僕はまだまだ駄目ですね」
「いいえ。貴方のような人がいるから世界は救われています」
 アリシアの言葉に堪らず一つ涙がこぼれた。
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