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作意のイトの端
01
 ケムフェゼロ家の庭は聞いていたとおり、かなりの規模だった。大輪の花が咲き乱れる庭園は王城の庭園より華やかにみえた。
 その咲き乱れる大輪の花たちに囲まれながらのお茶会は、花以上に色とりどりのドレスに彩られており、より一層華やかさを増しているようだ。
 スノーリルが庭へと通された頃にはすでに沢山の人で賑わっていたのだが、スノーリルの名が告げられた瞬間、一瞬だけ水を打ったように静かになった。一斉に視線が集まり、そして逸らされる。何事もなかったように一つのテーブルへと案内された。
「聞いてはいたけれど、本当に白いのね」
「あんな不吉な人物をなぜ留めて置くのかしら」
「ケムフェゼロもよく呼んだな」
「いやいや、断ると思っていたのではないのか?」
 こそこそと評するにはかなり大きな声で話す貴族たちの声が聞こえてくる。それを一切無視して目の前に置かれた花瓶を見つめる。
「なんだか久しぶりだわ」
「そうですね」
 ディーディランにきてからだいぶ経ってはいるが、襲撃などがあったりで、貴族開催のお茶会に出る機会もほとんどなかった。それに、誘いをかけてくれるミストローグの姫がいなくなったことが最大の原因でもある。
 そもそも弱小国の姫に積極的に働きかける貴族はいないのだ。スノーリルにある価値といえば、皇太子妃候補として来ているだけであり、スノーリルがその候補以上になる事はないというのが大方の予想で、暗黙の結果だ。
 ここで初めてスノーリルを見る貴族も多いらしく、久方ぶりに奇異の目を向けられていた。
「私の周りにいる人たちは出来た人たちなのよね」
 あからさまに嫌悪を向けられることで、今までに接してきた人物たちの度量というものが良く分かる。例え腹の中で何か思うことがあったとしても、表情や視線、仕草に出てはダメなのだ。まあ、それも何かしらの関係を築こうとする場合ではあるが。
 しばらくそのまま放置していると自然に回りが避けて行き、スノーリルの周りだけぽかんと人がいなくなる。これもいつものことであり、静かに過ごすにはとてもよい状況である。
 しかし、何事にも例外はある。
「スノーリル姫」
 声をかけてきたほうへと視線をやれば、爽やかな笑顔でやってきたのは見覚えのある金髪。
「アーノルド様」
 “イーチェ”グレイブス家の子息である。どうやら彼もこのお茶会に呼ばれていたようだ。
「お久しぶりです。エルバンス家のお茶会では挨拶も出来ずに申し訳ありませんでした。滞在が伸びたとお聞きしましたので、またどこかで会えるかと思っていましたが、ここで会えるとは思いませんでした」
 先日行われたエルバンス家のお茶会に彼も来ていたが、結局話をするような雰囲気でもなかったし、何より時間がまったくなかった。
 そういえばスノーリルが帰り損ねたあの日、兄妹で見送りに来てくれていたのだったと、その挨拶を聞いて思い出した。ダイアナとは先のお茶会で挨拶をしていたし、アーノルドとは個人的にそれほど親しいとはお世辞にも言えないので、帰国が叶わなかったことなどをわざわざ知らせることもなかった。
「あの日はわざわざ見送りに来てくださったのに、こんなことになってしまって申し訳ありませんでした」
「いいえ! そんな。またお会いできて嬉しいです。先日も妹がお世話になったようで」
 頭を下げて謝罪すると慌てたように顔を上げるようにと手を取られる、視線を上げればにっこりと微笑む青年がいる。その後ろに怖い視線を送ってくる婦人方がいることにはもちろん気がついている。
 さりげなく手を取り戻してふと視線をそらせると、そこには黒髪のあの侍従が立っていた。
「今日はダイアナ様はいらっしゃらないのですか?」
 どちらかと言えば女性のほうが多いこの茶会で、あの目立つ美少女はどこにもいなかった。そう思って見渡してみると比較的若い女性が少ないように思う。
「今日の招待は私だけです。まあ、開催理由が理由ですからね」
「?」
 どうやらただの親交を深めるための茶会ではないようだ。
「次期当主のロバート様がシルフィナ王女に求婚なさっているのはご存知ですか?」
 スノーリルが不思議そうに沈黙したのに反応したのは侍従のクリスだ。
「そうなの?」
「はい。今回の最大の目的はそこにあるので、比較的若い女性は招かれなかったようですね」
 思い返せばアルジャーノン大臣も、アトラスもシルフィナのことを口にしていた。今回のお茶会はシルフィナが主賓であり、スノーリルはアトラスの言うとおりただの巻き添えなのだろう。
 しかし、一つ気になることがある。
「シルフィナ様はそれに応じていらっしゃるの?」
「いいえ。あの方はあまり興味がないようです」
 苦笑で答えたのはアーノルドだ。
 同じ次期当主である彼はそこそこ内情に詳しいようだ。だいぶ親しげに話しているアーノルドを見て、初めてあった時のことを思い出していた。そういえばあの時もシルフィナがいた。親密とまではいかないが、それなりにお互いを知っているようではあった。
 彼も“イーチェ”である。妹のダイアナがその地位をひけらかして他国の姫であるスノーリルに意見したほど、その地位はこの国では高いのだ。
 見るともなしに見ていたアーノルドが少し困ったように微笑んだ。
「スノーリル姫は好きな方がいらっしゃるそうですが、もし、今回のことが進んだらどうしますか?」
「え?」
 考え事をしていて話の中身を理解するのに少し遅れた。
 おそらくダイアナから何か聞いたのだろう。それにしたところで、本気でこれ以上があると思っているのだろうか。
「…そうですね。進むのでしたらそちらに従うまでですが」
 この発言で周囲がざわりと蠢いたのが分かった。
「経験上それは無いと思っております」
 にっこりと微笑んで答えるとざわめきが密やかになる。その周りの反応にアーノルドがようやく己の失態を認識したようだ。
「すみません。このような場で聞くことではありませんでした」
 小さく頭を下げて謝罪すると、恐る恐るといった様子で侍従へと視線を送る。そこにはにっこりと微笑む黒髪の男性がいるのだが、その迫力たるやアーノルドが青くなるのもわかるといったものだ。
「アーノルド様、スノーリル姫のほうが年下なのですよ? もう少ししっかりなさいませ」
「わかった。すまない」
 この侍従もまだ若いがさすがに“イーチェ”の侍従は躾が違うといったところか。主とそう変わらないくらいに見えるのに随分と落ち着いて見える。彼は次期当主のアーノルドについているのであれば、彼の執事にいずれなるのだろう。
 ダイアナといいアーノルドといい、グレイブス家の子供たちは結構甘やかされているのだなと、そんな感想を持っていたりする。
「あら、アーノルド様。またお叱りを受けていらっしゃるの?」
 聞き覚えのあるほがらかな声に振り向けば、面白そうに主従を見るご夫人が一人。連れているのはいつぞやの黒髪の侍従…ミシェルの兄だ。
「ミア殿。お久しぶりです。私もまだまだですので。では、私はこれで」
 挨拶をしてアーノルドは苦笑しつつ去っていった。その後ろ姿を見送ってからあらためて挨拶をする。
「御機嫌よう」
「御機嫌よう。アーノルド様と仲がよろしかったのですね」
「ダイアナ様との一件以来、よく話しかけていただいています」
「そう。ふふ。それは良かったですわ」
 穏やかに微笑む夫人に椅子を勧めるとそこに座って周りを見渡した。
「シルフィナ姫はまだのようですね」
「はい。まだお見えではないようです」
「そういえば、どうでしたか? 他の候補様がたとの一夜は。何事もなかったとお伺いはしておりますが、心配事などはございませんでした?」
 あの夜以降接触はあったものの、本人に会ったのはこれが初めてだ。少し心配させていたのは自覚があったので、一応ミシェルから大丈夫だと連絡はしていた。
「大丈夫です。あ。候補者がもう一人いらっしゃるらしいですよ」
「まあ。そうなのですか? 何か聞いてる?」
 最後のは付いていた侍従へ向けた言葉である。それに彼は一つ頷いて夫人が欲しいだろう情報を口にする。
「どうして教えてくれなかったのかしら」
「あまり張り切らせたくなかったのですよ。きっと」
 侍従の言葉に思わず微笑む。
 彼女は何かとこちらを気にかけてくれている。ミシェルのことも、お針子のことも、そうとうお世話になっている。それらはミアの完全な好意から来ているもので、スノーリルにとってはとてもありがたかったたし嬉しいことだった。
 しかし、その夫であるメディアーグは今のミアにあまり動いて欲しくはないはずだ。
 ふと侍従を見て、本当はメディアーグがここに来たかったのだろうなと推察する。ミアについていてくれるように言ってきたのはアルジャーノン大臣ではあるが、もしかしたらメディアーグからのものだったのかもしれない。
 とりあえず当初の目的のためにミアと一緒にいることにしようと、世間話に花を咲かせる。そうしていると本日の主催がシルフィナと共に現れた。
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