|| TopBackNext
王女の受難
02
 離宮へ戻るとマーサとミシェルがにっこりと出迎えてくれた。
「他の候補様たちはどうでしたか?」
 お茶を出されながらそんな質問をマーサから受け、そうねと少し首を傾ける。
「お二人とも綺麗だったわ」
 さすがディーディランの上位貴族と思わせるような磨かれ具合だった、というのが第一印象だったりする。トラホスの上位貴族ももちろんぴかぴかに磨かれているのだが、さすがに国の規模が違うと実感する。
「特にカトリア様は大事にされてきたのね」
 他に兄弟はいないと話の中で知った。一人娘ということだが、将来は他家へ嫁ぐのではなく、婿を向かえることになるようだ。フィリオの話しではテオドールはその候補の筆頭といったところなのだそうだ。
「そういえば侍女たちからお聞きしたのですが、カトリア様は剣はされないのだそうです。きっとご両親が怪我などさせたくないと思ったからでしょうね」
 マーサの言葉にミシェルも頷く。
「ディーディランの女は通常自分で身を守れるようにと剣を習います。ただ、強くなるためというよりは、いざという時に体が動くようにするのが目的なのです。ですから全く習わないというのはかなり珍しいです」
 それは治安が悪いために暴漢などから身を守るためというよりは、政治的な襲撃や暗殺から身を守るためということだ。そもそも貴族が一人で出歩くこと自体少ないのだから、暴漢に襲われることもないのが常識だ。
 そんな話をしながら用意されているお茶に手をつける。
 涼やかな懐かしい香りを堪能してから口に含む。スノーリルの精神的な癒しを考慮してなのだろう、トラホスのお茶がいれられていた。
 
 城へ帰還してからは誰の訪問もなく、どうせ暇だからとフィリオに貴族の力関係や二人の花嫁候補の情報などを話し合ったりしていた。
「これまでの花嫁候補は他国の姫が多かったですが、今後は国内の貴族が中心になるかもしれませんね」
「どのくらいの方がいらしたの?」
 花嫁候補はクラウドが皇太子になってからの話で、時間としてはかなり長い期間があったといえる。その間に来た姫の数となるとかなりの人数になると思われるが、フィリオは「それほど多くないですよ」と少しだけ考える顔をした。
「まあ、一国の姫となると限られてくるので。確か両手くらいでしたし、他は有力貴族の娘が幾人か来ましたかね。他国の貴族が売り込みにくるのだからと国内貴族が奮起するのもわからないでもないですが」
 貴族の勢力図をもう一度見てみれば、ここ三代の王はみな国内貴族の娘を伴侶としている。
「現在の後宮に他国の姫はいるの?」
 現国王所有の後宮には八人の側妃がいる。その中の一人、アトラスの母は国内貴族の出身だと知っているが、他は全く知らない。
「シルフィナ様の母君が唯一ですね。ジュレイム国の第四皇女なので、あまり位は高くないですが」
 ジュレイム国とはかなり僻地にある国の名前である。トラホスといい勝負といった国力しかない。そんな国の姫が大国と言っていいディーディラン国の後宮に収まったとは、かなりの幸運か、悪運が強かったのか。
「シルフィナ様…」
 妹のエマリーアをとても大切にしている歌の上手い姫で、エストラーダと張れるほどの度量を持っている女性。そんな印象だ。後宮にいる人物なのであまり会うことはないが、あの王妃に進言できるのだから、かなりの人物だと思っていいはずだ。
「そういえば、お茶会にシルフィナ様は声がかかるってアルジャーノン大臣が言っていたけど、それも関係しているのかしら?」
「ああ。ケムフェゼロ家は随分前からシルフィナ様に自分の息子を推しているんです。シルフィナ様はずっと断り続けているんですが、まあ、陛下の一言があるとそうもいきませんけどね」
 それはスノーリルもよく分かっている。というより、その陛下の一言で大海を渡って現在に至るのだから。
「王族の女は政治の道具。それが世間の一般的な常識なのはどこでも一緒ね」
 いや、トラホスはまだましだ。スノーリルの姉は政治的な判断があったが、それでも好きだと思える人のところへ嫁ぐことができたのだから。ディーディランのような大国では考えられないほど悲惨なのかもしれない。
 暗く哄笑する王妃をふと思い出して息が詰まり、思わず一つ深く呼吸した。
「スノーリル様」
 カタリナが心配そうに声をかけてくるのに笑い返し、フィリオを見上げる。こちらも少し心配そうな様子でスノーリルを見ていた。
「本当はこんなこと、王女の私は知らなくていいことだと思うわ。でも、私は知らないでいるより、知ることを選びたいと思うの」
 それは幼い頃の母の教えだ。
 知ることで後悔することもあるが、知らないままで後悔するよりはずっといい。
「スノーリル姫は強い方ですね」
 フィリオが優しく微笑むのに首を振る。
「強くないから知っておきたいのよ。強くあるために」
 本当に強い人なのであれば事前に知っていなくともその強い心で対処できるだろう。しかしスノーリルはそうではない。弱い心を守るために事前に知って衝撃を緩めておきたいのだ。
「でも、だからなのかしら。私に知られないようにする人が周りに多いのは」
 父といい、カタリナといい、アルジャーノン大臣といい。もう少し事前に教えておいてくれてもいいではないかと思うことが多々ある。
「知らなくても後悔しないことは、知らないままでいて欲しいのです」
「国政の裏側は特にですね」
「そういうことです」
 フィリオとカタリナが訳知り顔で話すのに、スノーリルは唇を尖らせて抗議した。
 
 
 その翌日の昼に、アルジャーノン大臣が事前に耳に入れてくれたお茶会の招待状が届けられた。
 期日は七日後。昼から夜にかけて行われる、社交も兼ねたものであるようだ。
 夜も行われるということは、当然スノーリルはケムフェゼロ家に泊まることになる。
「何もなければいいですね」
 マーサの言葉にカタリナも深く頷いた。
 マーサは知らないがこの茶会でもしかしたら何か問題が発生しないとも限らない。血を見ることだけは避けなければと思うが、その時のための装備はしたほうがいいだろう。
 スノーリルがあの短剣を忍ばせることはここしばらくなかったが、この茶会だけは忍ばせていただこうと決めた。
02
|| TOPBACKNEXT