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王女の受難
01
 翌朝、スノーリルが城へ帰る際、エルバンス家からの護衛が付き、来たときよりも大勢で城に入ることになった。必要はないとフィリオが進言してはくれたが、安全のためといわれてしまえば引き下がるしかない。ぞろぞろと続く護衛にディーディラン貴族の見栄だとフィリオが肩をすくめて笑っていた。
 馬車から降りると出迎えにミシェルがいた。
「おはようございます。お疲れではないですか?」
 にこやかに挨拶をするミシェルに大丈夫だと答え、王城正門から周りを囲まれて歩く。広大な中央廊下に差し掛かると、後ろに歩いていたフィリオが近づき声をかけてきた。
「スノーリル姫。父がお会いしたいと言っているようなのです。一度部屋にお戻りになってからにしますか? このまま行くのでしたら無駄に歩かなくてもいいですが」
 そんな提案をしたフィリオにスノーリルは苦笑を返す。
「大臣のほうが忙しいでしょうから、時間が合うのでしたらこのままお会いします」
「お休みになっても文句は言われませんよ?」
「ええ。何かと気疲れしたでしょうから」
「大丈夫です」
 フィリオと迎えに来たミシェルが気を使ってくれるのに、スノーリルは笑顔で答える。
 それを受けて、ミシェルは先に部屋に戻ってお茶の準備をしてますねと、カタリナに一礼してから去っていった。
「では、ご案内します」
 にっこりと笑うフィリオに頷くと、小さく歓声が起きているのに気がつく。
 そちらを横目にして歩き、一歩後ろを歩くカタリナに視線を送る。
「アルジャーノン兄弟は若い女性に大変人気だそうです」
「本当に。マーサだけは敵に回しては駄目よね」
 質問する前にやってきた明確な答えに、どこから聞いてきたのだろうかと考えるまでもなく、長く一緒にいる侍女の行動は把握できていた。
 
 
 案内されたのはいつもの執務室ではなく、正門から近い一室だった。会議をするためにあるような雰囲気の室内はあまり物がなく、普通よりも高い造りの丸い机が一つ中央にどかりと置いてある。その横にアルジャーノン大臣とサミュエルが立っていた。
「お疲れのところ申し訳ない」
 にっこりと言うのにどこか含みがあり、スノーリルは苦笑するにとどめた。
「一つ耳に入れておきたい事がありましてな」
 机にまで近づくよう身振りで促され、机に近づく。
「近く大きな茶会が催されます。スノーリル殿にも招待状が行くかと思いますが」
「それは庭園の?」
 来たばかりのころに一度あった王城庭園の開園式が思い浮かんだが、アルジャーノン大臣は首を横に振った。
「主催は"ニィ"ケムフェゼロ。当主はアトラス王子の母の兄になります」
 その答えをスノーリルはゆっくりと飲み込んだ。
「わかりました」
「開園式ほどの規模ではないですが、ケムフェゼロ家も広い庭園を持っています。王族も招待されるようですが、アトラス王子は出席しません。ああ、シルフィナ王女は出席することになると思いますが」
「シルフィナ様?」
 意外な人物の名前に驚いていると「ええ」と含みを持たせる。
「それはさておき、一つ頼みごとがありまして。その茶会の開催中、ミアの側にいていただきたいのです」
「ミアさんの?」
 これまた意外な言葉に隣に立つカタリナに視線をやる。カタリナも何かを考えるようにアルジャーノン大臣の顔をじっと見つめていた。
「できるだけでよいのです」
 何か理由がありそうだが、果たしてそれは聞いてもよいものなのか。逡巡するスノーリルにアルジャーノンがふと話題を変えた。
「そういえば、スノーリル殿はミアが懐妊していると言い当てたそうですね」
「はい」
「できれば内密に願います。まだ知っている人間は少ないので」
 突然の話題転換にどうしたのだろうと瞬いたスノーリルだったが、アルジャーノンの言葉と内容に一つの可能性を見出した。
「まさか」
「ええ。そういうわけで、ミアに気を配れる人間が少ないのです。エディウス様はお仕事になるでしょうし、補佐官の妻でしかないミアに過度な護衛をつけるわけには行きませんので。こういったことに一国の姫を使うのは気が引けるのですが、他に適任が見当たらないのです」
 スノーリルならば護衛がいてもおかしくない。いや、むしろいなければならないのだ。格上の"イーチェ"家でも護衛はついていたのだから、当然といえば当然のことだ。
 それになにより、スノーリルが側にいるだけでもかなりの牽制になる。
 微笑んでいるアルジャーノンの表情はいつもと同じだが、隣にいるサミュエルが少し緊張した面持ちでスノーリルを見つめている。
 メディアーグは現在ただの貴族ではあるが、長く皇太子という立場にいた人物だ。その伴侶が懐妊したということは、野心のある人物には脅威になる。知っている人間は少ないと言ったが、それが味方であるのならばいいが、そうでない場合。その人物が何を考えるかなど想像に易い。
 スノーリルはカタリナを見上げた。カタリナも心得たように一つ頷く。
「わかりました。できるだけお側にいます」
「そうしていただけるとありがたい」
 そういうと息子のフィリオに視線を送る。
「ところで、どうですか。我が息子は」
「え?」
「粗相などはありませんか」
 きょとんとしたスノーリルに大臣はにっこりと微笑む。その笑みに思わず苦笑がもれたのはどういうわけか。
「いてくれてとても助かっています。アドルさんでは中々内情は話してくれませんから」
 スノーリルの言葉に後ろからは失笑がもれる。その言葉に大臣は深く頷いてみせた。
「なるほど。あいつは愛想無しですからな。さて、ではお疲れでしょうからこれで」
「はい」
 アルジャーノン大臣との会談はこれで終わり。
 部屋を出るとマーサとミシェルが待つ部屋へ帰る。その間に今入ってきた情報を整理する。
 ケムフェゼロはアトラスの母の兄。つまりアトラスの伯父であるわけだ。
 当然権力はかなりあるのだろう。後宮にいるシルフィナを呼べるほどの。
 トラホスにはない後宮制度であるが、ディーディランに来てから部屋にこもっている時にそれなりに勉強していた。
 ここディーディランでは王妃以外の側室、王女は国王か王妃の許可がなければ後宮から出ることができない。つまり、今回のお茶会というのは国王か王妃公認であるということである。
 だからこそスノーリルも呼ばれると大臣は踏んだのだろう。
「本当に大変な国ね」
 平和なトラホスでは邪魔だからといっても、そうそう簡単に暗殺にまで及ぶことはない。もし、そんなことが日常的にあるのであれば、とっくの昔にスノーリルは抹殺されていたに違いないのだから。
「序の口かもしれませんよ」
 スノーリルの呟きにカタリナがそう応じた。少し途方にくれた顔でカタリナを見上げれば、にっこりと笑みが返る。
「私どもがついております」
「うん。そうね」
 どこか暗雲が立ち込めるような気分に、それでも一緒に戦ってくれる人がいるのだと、剣士の顔をした執事に頷いた。
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