|| TopBackNext
開幕は静かに
06
「今宵の晩餐は突然のことで、ささやかですが楽しんでいただければと思います」
 エルバンス家当主の挨拶で晩餐が行われた。
 長いテーブルの上は手触りの良い、落ち着いた色合いの布が敷かれ、運ばれてくる食器はやはり金の縁取りのあるものだった。
 当主が端に座り、あとは向かいあうようにそれぞれが座っている。
 本来は身分の高いものから当主に近い場所へ座るものだが、今回は人数が少ないことなどがあり席順は特に設けてはいないようだった。
 国賓のスノーリルの隣を護衛のフィリオ、逆の隣を夫人が座った。その前をカトリアとダイアナが並んで座り、フィリオの前に先ほど紹介があったテオドール。男と女に分かれた形で座ったことになるが、これはおそらくスノーリルに配慮したというよりはカトリアにあわせた席順といえるだろう。
 お茶会のあの雰囲気から考えると、晩餐の席は至って和やかな雰囲気に包まれ、主催者であるエルバンスは少なからずほっとしたようだ。
 というのも、カトリアが誰から見ても上機嫌で、食事が始まる前からダイアナと最新のドレスの型や、話題になっている貴族の恋の話などをしていて笑いが絶えない。
 スノーリルは気を使ってくれる夫人ににこやかに応対していた。
「カトリアは気分屋なところがあるので、ご不快な思いをさせたのではないでしょうか?」
「いいえ。そんなことはありません。カトリア様も楽しんでいるようですから」
 今は本当に楽しそうに食事をしている。前にいる二人に視線を移してから、もう一度夫人に視線をやるとすまなそうに微笑んだ。
 どうやら自分の発言でこうなったらしいことは分かっているスノーリルだったが、実のところ何が直接の原因なのかは理解していなかった。
「スノーリル姫の意中の方はどんな方なのですか?」
「え?」
 向けられる会話にはただ相槌だけを打っていたスノーリルにふと、そんな質問が振られた。男性陣が王家兄弟の話をしていて、そこからダイアナの話題に移ったようだった。夫人と話している間に、向かいに座る二人の間で好きな人の話題に発展した結果の質問なのだが、スノーリルには突然の質問になり、反応に遅れた。
「私の好きな殿方は、ダイアナの言うように少し冷たい印象がありますけれど、そこがとても素敵ですの」
 瞳を輝かせて話すその「殿方」というのは、つまるところスノーリルの「意中の方」なのだが、それをそうだと答えるわけにもいかず、少し首をかしげて言葉を模索した。
「えっと、小さい頃は活発で、弱いものを守ってくれる……笑顔の素敵な少年でした」
「今はどうなのです?」
 カトリアは小さい頃の話になど興味はないのだろう。少しすねたようにもう一度尋ねられ、曖昧に答える。
「会うようになったばかりで、それほど話してはいないのでどうとも…」
「でも、まったくお話していないわけではないのでしょう?」
「ええ、まあ」
「賢い方?」
「そうですね。政治に携わっている方ですから」
「そうなのですか。剣は? お強くて?」
「私は知りませんが、話しによると強いとのことです」
 どの質問にもぼんやりとしか答えられない。掴みどころのない人物像にカトリアは少し機嫌を悪くしたようだ。
「本当に何もご存知ではないのですか?」
 知っていることといえばあまりないのは確かだ。
「そうですね。あの方の今について、私が知っていることは少ないと思います」
「でも、お会いしているのでしょう?」
 確かに何度か会ってはいるが、きちんとした場で会ったのは一度だけで、それもまともに会話できる状況ではなかった。
「会ったといってもお互いをよく知ろうと思って会話しているわけではないので。いつもひょっこり現れて、ちょっとイジワルな事を言って、すぐに去っていく人なので」
 苦笑しつつ答えると、今まで真剣に話をしていた様子の男性陣から声がかかる。
「まるで、ファルブリカのような人ですね」
 斜め前にいる人物がにっこりと微笑んで言うその言葉に、スノーリルはしばし驚き、瞬きを数度してから笑った。
「ええ、そうですね。テオドール様はトラホスにいらしたことがあるのですか?」
「なんですの?」
 会話から弾かれたカトリアが面白くなさそうにテオドールに尋ねる。
「トラホス国の伝承にいる妖精の名前だよ。寂しそうにしてる人のところに現れて、イジワルな言葉を投げて元気にするっていう」
 最後はスノーリルに確認するように視線をよこす。
「ええ。白い羽を持った妖精で、落ち込んでいると「ファルブリカを呼ぼうか」なんて言ったりします」
「まあ、素敵」
「トラホスにも妖精の伝承があるのですね」
 夫人とダイアナがそれぞれ言うのに、カトリアが少し面白くなさそうに出されたデザートをつつく。
「ではスノーリル姫の好きな方は寂しい時に来てくださるのね?」
「え」
「とっても素敵だわ。ね? そう思わない?」
 スノーリルは一言も寂しい時に来てくれるとは言ってはいないのだが、どうやらそういうことになったようだ。娘のカトリアに声をかける夫人が一番の少女かもしれない。面白くなさそうにしていたカトリアも少し諦めた様子で頷いた。
「そうですね。とても素敵だと思いますわ」
「わたくしも寂しくなったらトラホスへ行ってみようかしら」
「ええ。ぜひお越しください。何もありませんが、心を癒すにはよいところです」
 いたずらっぽく微笑む夫人にそう声をかけるとエルバンスからも声がかかり、食事はデザートとともにとても和やかに終了した。
 
 それぞれ席を立つと、すいと隣にテオドールが立った。
 何かと思い、立ち止まるとにっこりと微笑まれた。
「先ほどの質問ですが、一度お会いしています。まあ、あれだけの訪問の中ですから覚えていなくても当然ですが」
 訪問という言葉に年に一度のあれかと思い至る。
「まあ、そうでしたか。それは失礼しました」
「いいえ。以後お見知りおきを」
「ええ」
 それだけを伝えるとすぐに食堂を出て行く。その様子を見ていたのだろうフィリオがすぐにやってくるが、大丈夫だと微笑んで部屋へさがらせてもらう。
「カタリナは覚えてた?」
 ぱたりと扉が閉まる音とともにそう声をかけると首を横に振って否定した。
「調べれば出てくるとは思いますが。スノーリル様」
「なに?」
「あれはただのちょっかいかと」
「ちょっかい?」
 聞きなれない言葉に瞬くとカタリナが微笑む。
「テオドール様の狙いはいずれもカトリア様だと思います」
「そう、なの?」
 お茶を用意しましょうというカタリナの動きを視線で追いながら、首をかしげる。
「あの二人はきっと前から仲がいいんだと思うけど、テオドール様の片思いなのかしら?」
「フィリオ殿はそう言っていましたが」
「そうね」
 すとんと椅子に腰を下ろしたスノーリルに今度はカタリナが首をかしげる。
「テオドール様はカトリア様を好きではないと?」
「よく見てはいなかったからわからないけれど」
 今回はカトリアばかりに注目していたので、隣にいたテオドールの表情まで気にはしていなかった。
「カトリア様は、私がテオドール様と話すのは嫌だったように見えたから」
 フィリオの時はそうではなかった。親しさの差もあるかもしれないが、どちらかというとテオドールの態度が変わったのではなく、カトリアの態度が変わったように思えた。
 テオドールはスノーリルに話すのも、カトリアに話すのも同じ態度だった。もっと言えば、ダイアナに対するものも同じだったと記憶している。そう、逆にカトリアに対してもまったく変わらない態度というのがフィリオの情報とあわせると違和感がある。
「タヌキじゃないとは言い切れないけど」
 出されたお茶の表面を吹いて冷ます。
「どこでも上位貴族は複雑なようですからね」
 カタリナの苦笑に友人を一人思い出しため息をついた。
「でも、とりあえずカトリア様は満足したんじゃないかしら」
 今回のお茶会はそもそも顔合わせが目的ではあったが、初めから何もできない立場にいるスノーリルにはどうにもならない問題での戦いなのだ。もう一人候補のクリスティンは事情をよく知っている感じだった。
「どちらかが選ばれるのかしら」
 ぽつりとした呟きはカタリナにしっかり聞こえていたが、あえて何も聞こえないふりをした。
開幕は静かに 終わり
|| TOPBACKNEXT