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潜伏の真相
6
 動きがあったのはその日の夜。時刻はどのくらいなのかはわからない。
 その間にわかった事は、どうやら彼らはスノーリルを殺すことを目的としているわけではないことくらいだ。情報が何もない中、一つ彼らの口から出てきた名前に驚いたが。
「ラストールが応じました」
「そうか。やはり、夜を待ったな」
 彼らの口から出た名前。ラストールはカタリナの家名だ。
 でも、どうしてここでカタリナの名が出てくるのかがわからない。彼らの話を注意深く聞いていても、やはり何の目的でカタリナを呼び出したのかわからない。
 そうこうしているうちに連れ去られてきたときと同じように布を被せられて、馬の上に乗せられる。視界がなくなる前に見た限り、馬に乗っている人物は正確ではないが、十人はいたようだった。
 馬の足音も複数するし、どうやら周りに沢山の人間が一度に動いているらしいことはわかった。
 これから何が起こるのか。あまりにも漠然とし過ぎていて恐怖心が沸いてこない。
 馬に揺られてついた場所で布を剥ぎ取られる。
 そこは森ではないようだった。灯りが乏しいのでよくわからないが、周りに木々のざわめきなどは聞こえない。ただ、海の波の音が聞こえてくるだけだ。
「歩け」
 そう言われるが後ろには男性が一人がっちりと縛られた腕を押さえている。少し引きずられるように歩いて、ぴたりと男が止まるのにあわせて止まる。周りに数人いるはずなのに、足音など余計な音が全くしない。腕をつかまれている感覚がなければ後ろにいる人のことさえ忘れてしまいそうだ。
 あまりに静か過ぎて自分の心臓の音がいやに大きく聞こえる。
 緊張しているが、初めに連れ去られた時のような強烈な恐怖感はやはりなかった。麻痺してしまったというよりは、受け入れてしまった。この状況を。
 スノーリルではどうにもならない事というのは必ずある。
 白い髪をもって生まれてきたことや、トラホスの王家に生まれてきたことと同じように、今この状況も、スノーリルの力ではどうにもならない。受け入れるしかないし、もし殺されるのだとしても、それはそれでいい事かも知れないと思っている。
 泣いてくれる人はそれなりにいるだろうけど。
 ケリーは最後までスノーリルのことを知らずに、王女が死んだと聞かせられるのだろうか。こうなると知っていれば教えておけばよかったと少しだけ後悔した。
 満天の星空の下は慣れてくると意外に明るい。
 真っ黒に感じていた空が少しだけ青味を帯びて見える。
「ちっ」
 どこかで舌打ちが聞こえた。
 その方角へ視線をやるが、その音がしただけで気配などはない。よく目を凝らすと少しだけ輪郭がわかる気はする。
 どのくらいそうしていたのか全くわからないが、小さく後ろから「はめられたか」という言葉が聞こえた。何がと思っていたが、やがて空が青さを増して行く。
 それを見て、朝が来るのだとわかった。
「引き上げるか?」
 舌打ちが聞こえたほうとは逆側から冷静な声がそう問うてくる。
「いいや。ラストールは一人で来る。こちらにはヤツの命があるんだからな」
 質問に答えた声はあの枯葉色の髪をした男だ。それが真後ろからしたことで、スノーリルの腕を押さえているのはあの男だと知った。
 その男ともう一人がひそひそと、近くにいるスノーリルさえ聞こえない声で何かを相談する。
「いった!」
 いきなり、ぎりっと腕を捻り上げられ思わず声を上げた。
「ラストール! いるのはわかっている。出てくるんだな」
 後ろの男が声を張り上げるのに、ぼんやりとした白い輪郭が浮かび上がった。それがゆっくりこちらに向かって歩いてくる。
「きたぞ」
 耳元で男がそう囁いた。
 来た? 痛さで何の事かわからなかったが、その人影が城の侍女服を着ていることに目を見張った。
「カタリナ…」
 スノーリルが視認できる限界の近さでその姿は止まった。
 でも、間違いない。亜麻色の髪を一つに括って、淡い色合いの侍女服を着て、すっと背筋を伸ばして立つ姿は昨日見たカタリナだ。
「スノーリル様を放せ」
 その声は低く、冷たく、スノーリルは息を飲んだ。カタリナのこんな厳しく冷たい声を聞いた事がない。
「くっくっく。おい、ラストール。命令できる立場だと思っているのか?」
 そう言うと男が動いた。喉元に冷たい感触が当たって、思わず首をすぼめた。
「おっと、お姫様。動くと切れるぜ」
 その脅しにどうやら刃物を突きつけられているらしいと悟った。一瞬にしてその冷たい感触に神経が集中して、息をするのも苦しい。緊張で心臓の音が煩い。耳の中で潮騒が響いて頭が痛い。
 空が段々と白んでくる。
 それと同時にカタリナの姿もはっきりと見えてくる。カタリナは片手に棒を持っていた。
「このまま対峙していても面白くない。なあ、ラストール。お前の可愛いお姫様はお前の正体を知っているのか?」
 見える範囲で人影がないことにようやく気がついたが、男の言葉に疑問が浮かぶ。
「お姫様。あの女が何か知っているのか?」
 耳元で尋ねてくる男に思わず「なに?」と問い返していた。
 それを受けて男は楽しそうに笑った。
「知るわけないか。では、親切な俺が教えてやろうか。やれ」
 男が一言命令を下すと、地面から人間が現れた。驚いているとその人間たちは一斉にカタリナに襲い掛かった。
「カタリナ!」
 喉元にある刃物など忘れて叫ぶと同時に、カタリナが動いた。
 それは、一瞬だった。
 カタリナの姿消えて、ぴゅぅっと、布を針先で引っ掻いたような音がした。それと同時に地面から出てきた人たちが次々に倒れて行く。
 目の前の出来事が認識できたのは、カタリナが倒れた人間の真ん中に立ち、カチンと音を立てて棒を目の前にかざした姿だった。
「見事だ。腕は落ちていないようだな。真っ二つにするとは容赦のない」
 腕? 真っ二つ? 何が? 頭が機能していない。倒れた人間の下の地面が黒く変色していくのをただ見ていた。
「さて、どうする? お前がこちらにくるのなら、お姫様は返して…」
「そんなわけがないだろう」
 男の言葉をやはりカタリナが遮った。いや、目の間にいる人は本当にカタリナか? あまりにも印象が違いすぎる。いつも優しく微笑んでいる清楚な女性が、今目の前のいる冷たい顔をした女性と同じ人だとは思えない。
「お前はこの光景を見たスノーリル様を放っては置かない。私がそちらへ行ったとして、スノーリス様の安全が確保されるわけがないことくらい、私がよく知っている。お前はそうした男だ。違うか」
 カタリナの言葉に後ろの男がくっくっと笑う。
「では俺は、お姫様を殺して、お前を殺して帰るかな」
「スノーリル様」
 強く名を呼ばれて視線をのろのろと合わせた。
 そこには優しく微笑むいつものカタリナがいた。
「申し訳ありません。もう少しだけ私を信じていただけますか?」
 どこか悲しそうな微笑で、そう尋ねられた。
 信じる? カタリナを?
「ん」
 それは何も考えなくても出てくる答えだ。無意識に頷いた。
「では、目を閉じて、そこを絶対に動かないでくださいね」
 優しく微笑んだカタリナの言うとおり、固く目を瞑ってその場でじっとしていた。
 ふわりと風が通り抜け、柔らかいものに抱きしめられる。
 目を開けると水平線の向こうが少し黄色くなっていた。朝日が昇る。
 ぼんやりとした思考にカタリナの声が響く。
「申し訳ありません。スノーリル様」
「………カタリナ?」
「はい」
 視界の隅に真っ赤に染まる草葉が見えた。
 何がどうしたのか、さっぱりわからない。でも目の前の事実はわかった。
「カタリナ…ごめんなさい」
 そのまま意識がなくなった。
 最後に見えたカタリナは泣きそうな表情をしていた。
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