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潜伏の真相
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 少し歩いたところに一本大きな木がある。暖かくなると薄紫の小さな花を沢山つける木で、その下に椅子が何脚か置いてある。みんなの休息所になっているその場所には、今日は卵屋さんのおじいさんが一人腰掛けていた。
 その近くにひっそりと立つ女性がいる。
 後姿だけしか見えないが、あの綺麗な亜麻色の髪は間違いない。
「カタリナ」
 呼びかけるとすぐにこちらを振り返った。
 柔らかく微笑んだ顔を見るのは随分と久しぶりな感じがして、ほっと胸の中に安心感が生まれる。
「変わりありませんか?」
「うん。大丈夫。そっちは?」
「捜索隊が結成されてました」
「やっぱり」
 おじいさんから少し離れた場所に座って話をする。ノリンの言葉にカタリナは少し首を傾げて無言で尋ねる。
「トーマスを見たの。港で。その時に目があったから、多分カタリナがくるなって思ってたの」
「トーマス殿は何も言っていませんでしたが」
「そう」
 ケリーと一緒にいたからその場で声をかけなかったのだろう。そう納得していると、カタリナがくすくすと笑い出す。
「なに?」
「いいえ。それより、少し気になる情報が入りました。今回の船にどうやら不審人物が紛れているようです。お父上が気をつけるようにおっしゃっていました」
 穏やかに話しているが、少し困った表情をしているカタリナに、ノリンは少し俯いて答えた。
「わかった。今日中に帰ったほういい?」
「いいえ。明日の朝お迎えに上がります」
「ん。わかった」
 自分の立場がどんなものかちゃんと理解はしている。それでも今の状況にしてくれたのは父親だが、父は自分に甘いことは十分理解している。気をつけろと言っているが面倒な事態になる前に帰ったほうがいい。女官長やトーマスは心配してくれているだろうし。
「女官長は怒ってるよね」
 ちろりと見上げて聞いてみるとカタリナはにっこり微笑んだ。この笑顔はつまり肯定だ。
「お父様は説明してくれるのかしら」
 往々にして、甘やかすくせにその説明は一切しない人であることは承知しているだけに、城へ帰った後は説教の嵐が待っていると思って間違いない。
「仕方ないわよね。決めたのは私だもん」
 怒られることは最初からわかっていた。自分がここにいることがどれだけ無謀なことなのかも知っていた。怒られるのはだから仕方ない。それが嫌ならば初めから残ったりはしなかった。
 うな垂れるノリンの頭に柔らかく触れてくる手が、ゆっくりと髪を撫でてくれる。
「それだけ心配しているのです」
「うん」
 分かっている。だから怒られるのは仕方ないのだ。
「明日の朝ね」
「はい」
 それだけを交わしてノリンは「じゃあね」と手を振ってカタリナと別れた。
 足取りは少し重いが、ケリーは分かってくれるだろう。
 とぼとぼと下を向いて歩いていると、ふと後ろからまたもや視線を感じた。
 ぱっと振り返るとそこには驚いた顔をしたクライブがいた。
「驚いた。勘がいいんだな」
「クライブさん」
 穏やかに微笑むと隣に立ってぽんと頭に手を置かれる。
「どうした? 一人で」
 いつもケリーと一緒だと思っているのだろう。間違いじゃないし、きっとノリンが一人でいることに心配してくれる人だろう。ウィルナーもそうだから。
「明日帰ることになりました」
 そう告げると「そうか」と短く返事が返る。
「ケリーが寂しがるな」
「私も寂しいです」
 寂しい。もうここにはこれないかもしれないことを考えると、なんと言えばいいのかわからなくなる。
「また来ればいい。俺たちはいつでもあそこにいるから」
 なんでもないようにそう言ってくれるクライブを思わず見上げる。その先には穏やかな笑顔があり、大丈夫だと安心させる暖かさがある。
「はい」
 そう返事をするとぽんぽんと頭を撫でられる。
 家についてどうだったと聞かれるのに正直に答えた。やはりケリーは寂しそうにして、唇を噛んでじっと床を見つめた。
「また来るんだよね?」
 父親と同じことをいうケリーにノリンも同じ返事を返す。
「うん。お父様の許しがあったらくるし、なくても抜け出してくるから」
「ノリーン」
 がばっと抱きつかれ、塞き止めていた感情が溢れて二人して泣いた。
「よし。そうとなれば今日はご馳走だ!」
「そうね。うんと美味しい物を作らないと」
 二人を見守って微笑んでいた両親がそう宣言すると、ケリーも涙を拭いて頷いた。
 その後は近所の人にもノリンが帰ると話しにいって、沢山の人にまたくるようにと頭を撫でられた。仲良くなったのはケリーだけじゃなく、他にも数人同じ年くらいの子がいた。そのこたちにもお別れをして、世話をしていた鳥たちと番犬リガリーにも挨拶をした。
 人との別れがこれほど寂しいとは思わなかった。
 そして、いつも泣きながら帰っていく赤毛の女の子を思い出し、彼女は強いなと本気で思った。
 その日の夜の晩餐はとても楽しかった。
 寝るまでの間に数人の人が会いにきてくれて、ほんわりと心が温かくなる。
 自分がここまで人の心にあることに素直に嬉しかったし、でも同時に真実を知ったときどうなるのだろうという恐怖心もあった。
 それでも、今ここにいるのはノリンで、最後までノリンでいられるように配慮してくれたカタリナや父に感謝した。
 夜、寝る前にケリーが今日は一緒に寝ようと言い出したので二つ返事で一つのベッドにもぐりこんだ。
「私、誰かと一緒に寝る初めて」
「ええ〜! 嘘。お姉さんとは?」
「寝ないよ。小さい時から一人で寝てたもの」
「ノリンってオトナ〜。私なんか小さい時は怖くて母さんと一緒だった。怖くなかった?」
「ん〜。わかんない」
「私今でも風が出たりすると怖いときあるよ」
「ああ、風の時はちょっと怖い。家のどこかに隙間があって、そこからピューピューって音がするの」
「ええー! それ怖い! 絶対に寝れない!」
 そんな事を話しながらいつの間にか寝てしまったせいか、朝起きるとしっかりとお互いの手を握り合っていて、起きた時に思わず笑ってしまった。
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