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潜伏の真相
3
 翌日、元気のいいケリーの声に起こされ、一緒に朝の日課へ向かう。
 家畜として飼っている鳥の世話だ。
「おはよー」
 そう声をかけ、柵の中に入る。飛んでいかないのかと聞いたら、飛べないように羽を切ってあると答えがきて驚いたのはもう四日前だ。その時はかわいそうだと思ったのだが、考えてみれば食用として飼われている鳥なのだ。それについてケリーの「だから、大事に育てているの」という言葉に、生きるというのはそういうことなのだと教えられた気がした。
 餌をやり、水を換えて、寝床を整えてやる。
 時々我が物顔で足元へきて、さも邪魔だと言わんばかりに突かれたりもするが、それがなんとも楽しかった。
 鳥の世話の後は朝食だ。
 パンを焼く匂いが立ち込めているからか、飼われている番犬がウォンと吠えて食事をせがむ。
「はいはい。リガリー、もうちょっと待ってねー」
 リガリーと呼ばれた番犬は家の人が食べた後、残り物があればそれをもらうのが掟だとか。
 家に入ると朝食の準備が出来ている。
 台所にいるのはウィルナーだけのようだ。
「クライブさんは?」
 素朴な疑問にケリーは少し首をかしげた。
「ん〜。船かもね。父さん船長だし、お昼には帰ってくるんじゃないかな」
「そっか」
 どうやらケリーもその行方に関してはよくわからないようだ。
「はい、ご飯よ」
「はーい」
 二人で食器を並べていると朝食がやってくる。焼きたてパンと、白身の魚を焼いてディジの種油をかけたものと、隣の家から今朝もらった瑞々しい青菜。これは鳥にもあげたりしていた。
 あとは夕べのスープの残りに一味加えたものと、トラホスのお茶だ。
 いただきますと御礼をしてから食べるのが決まり。
「母さん。父さんは港?」
 ノリンが質問したからか、ケリーが尋ねるとウィルナーは「ええ、そうよ」と魚を取り分けながら答えてくれる。
「ね。ノリン。ご飯終わったら行ってみよっか」
「邪魔になるんじゃない?」
「大丈夫。離れて見るもん。ノリン、大きい船は初めてでしょう?」
 正直、見たい。でも、昨日港にいた男性にまた会ってしまうような気もして、ちょっとだけ躊躇した。
「ケリーが見たいんでしょう?」
「えへへ」
 ウィルナーが口の端を上げてそう言うと、ケリーが舌を出して笑った。
「ね、行こ?」
 ケリーはもしかしたらただ父親に会いたいだけかもしれない。それの口実にノリンを一緒に連れて行きたいのだ。
「うん。行こう」
「決まり!」
 ノリンの返事に手を打って喜んで、じゃあ早く食べないとと、いそいそと食事を口に放り込む。その姿にウィルナーが苦笑して慌てないのと注意する。その光景を前にする度にここへきてよかった本当に思うのだ。
 
 朝食が終わって、帽子を深く被り上着を着こんで港へ向かった。
 そこには昨日と変わらず大きな船が停泊していたが、昨日と違いまわりの様子はわりと静かだ。整備の人が出入りしているだけで、一般の人間は乗れないようだ。
「ノリン。こっちこっち」
 大きな船を思わず見上げて立ち止まっていると、ケリーに呼ばれた。
 そちらに向かうと少し高い場所へ登る梯子がかけられている。ケリーはにっこり笑うとその上に向かって手を伸ばして上り始めた。
「ケリーいいの?」
「うん。大丈夫! 今日は晴れてるし、多分見張りの人少ないから」
 そう、ケリーの上っていく先は港の見張り台だ。かなり大きなものだから、子供が二人増えたくらい平気だろうが、ノリンの質問はそうではない。子供がそこに上がってのいいのかということだ。
 しかし、ケリーは全く気にすることなくどんどん上っていく。ノリンがどうしようかと迷っているうちに頂上に着いたようだ。そこからひょっこり顔を出して下を窺う。
「ノリーン。上れない?」
 心配そうな声だが、それには首を振る。
 ここは腹を括るしかない。
 そう判断して梯子を上った。
「高いとこダメ?」
「ううん。大丈夫。わ〜。すごーい! キレイだね」
「でしょー」
 上った先にあったのは、果てしなく続く海と、空と交わるところが少し白くなって見える水平線。城から見る海もきれいだが、港の見張り台から見る海は足元から広がっている錯覚に陥る。
 今朝は天気がよく、海に太陽の光が照り返し、キラキラしていてとてもキレイだった。所々に小船が見えるのはきっと漁をしているのだろう。
 高い場所から見るとケリーの父親の船がいかに大きいかを知る。帆を張る柱が大きな物が一つと、小さい物が一つ。停泊しているので帆は巻き上げられているが、それでも十分雄大な姿だった。
「あ。父さんだ」
「どこ?」
 ケリーが指差した場所に確かにクライブがいた。数人と甲板で話をしている。
「ケリーのお父さんってカッコイイよね」
「うん! だって私の父さんだもん」
 褒め言葉に素直に頷くケリーと笑いあい、そこで少し船についてを教わる。と言ってもケリーが知っている範囲でそれほど詳しいわけではない。
 たまに見張り台に大人が数人上ったり下りたりしているが、「落ちるなよ」と声をかけられるだけで怒られたり下りろと言われたりはしなかった。
 説明を色々聞いているとクライブがこちらに気付き手を振ってくれたり、見張り台から下りると「そろそろお昼だよ」と教えてもらったりして、ご飯を食べに帰ろうということになった。
 その帰りの途中、港から出たときだった。
 ふと背後から視線を感じた。普段よく見られていることがあるからか、人の視線にはよく気が付くらしい。何気なく振り返ってみたが、そこには行きかう人がいるだけで、こちらを見ている人はいなかった。
「どうしたの?」
 突然立ち止まったノリンにケリーが不思議そうに尋ねてくるが、なんとも言えずただ首を横に振った。
 昨日、やはり港で同じように視線を感じた。
「見つかったのかな」
 目の合ったあの男性。トーマスは王女付きの護衛だ。普段は部屋の前に立っている人でもあるが、多分、捜索隊に借り出されているのだろう。
 また視線を感じたという事は、もしかしたらそろそろ城から何か言ってくるかもしれない。
 正直。まだ帰りたくない。
 でも、迷惑をかけるわけにはいかないだろう。
 ウィルナーとクライブは事情を知っているみたいだが、ケリーは違う。それに、もしケリーがノリンの正体を知った場合。
 どんな反応をするのだろう。
 それが怖くもあり、できればこのまま友達として別れたかった。
 
 ケリーの家に帰り着くとウィルナーが出てきてノリンの視線にあわせて屈んだ。
「ただいま」
「おかえり。ノリン、さっきお姉さんがきてね、ちょっとお話があるんだって」
 やっぱり来たかと、予感はあったので一つ頷く。
「ノリン、帰っちゃうの?」
「どうかしらね。でもそろそろ帰ったほうがいいかもしれないわね」
「ええ〜」
 とにかく話があるらしく、近くの休息場にいるので会いに行くようにと言われた。
「ノリン」
 ケリーの声に振り返ると少し寂しそうな表情に出会う。
「大丈夫。帰ってこいって言われたら帰らなきゃならないけど、ちゃんとケリーに会いに来るから」
「うん。いってらっしゃい」
 ノリンは貴族だという事実があるのでケリーもそれ以上は何も言わなかった。複雑な笑顔で手を振ってくれるケリーに手を振って家を出た。
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