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潜伏の真相
2
 四日目の早朝。
 この日は港に船が来る日で、ケリーの父親が帰ってくる日でもある。
 ノリンが世話になった日に、ケリーが嬉しそうに話してくれていたのをしっかりと覚えている。
 昨日の夜からずっとそわそわしていたケリーと、いつもより少しだけ鼻歌の多いウィルナーと一緒に朝食をとり、親子と一緒に港へ向かう。
 港町の朝の気配はいつもより二割増し騒がしかった。
 家族が帰ってくるのだ、それは嬉しいだろう。
 そういえばいつからいないのだろうと思い、ケリーに聞いてみたところ、三ヶ月ぶりになるそうだ。ケリーの父は船の船長で、一度帰ってきたらまたすぐに出て行ってしまうらしい。
 寂しいねと言うとちょっとだけ困ったように笑った顔が胸に迫った。
 トラホスの港は国土の割りに大きく、立派だと言われている。他の国を見た事がないので比較しようもないが、それでも小型漁船も含め、大陸からの大型の船も優に停めることができるのだからきっと大きいのだろう。
 船の停泊する場所へ向かったが、まだ船は付いていなかった。
「いないね」
「うん。まだだね」
「今日は少し靄が出ているわね」
 ウィルナーの言葉通り、朝靄が少しあって水平線も見えない。
 ざわざわとした嬉しそうな声と、あちこちでの笑い声が船を待つ人たちの熱気を伝えて、関係ないはずのノリンもドキドキと心臓が高鳴るのを感じていた。
「あ! 船だ!!」
 誰かがそう叫んだ。
 朝靄の中に星のように輝くものが見える。きっとそれが船だ。
 光はどんどん近付き、その一点だけを見つめていたノリンは気付くのに遅れた。
「………わー」
 目の前に白い帆を広げ、海を割り現れたのは見上げてもまだ足りないほどの大型船だった。
 しばらくその姿をぽかんと口を開けて見上げていたが、隣でケリーが歓声を上げたことではっと我に返る。
 隣の少女は一生懸命に手を振っていた。
 その視線の先には数名の乗組員。どうやらその中に父親がいるようだ。
 周りの興奮に飲み込まれながら、ノリンもケリーと一緒に手を振って「おかえりなさい!」と叫ぶ。
 やがて船が停まり、船の側面の一部が取り除かれそこから港と船を結ぶ橋がかけられる。最初に降りてきたのは貴族で、その後に乗客たち、荷物、その後にようやく乗組員が下りてくる。
 それらの人々が歓迎や歓声に迎えられる中、ケリーの父は中々現れない。
「船長だから一番最後なのよ」
 そう、ウィルナーが教えてくれた。
 貴族や乗客たちがある程度いなくなってから、ようやく一人二人と降りてくる。その中の一人、少しだけ立派な服装をした男性にケリーがいち早く駆け寄った。
「父さん! おかえりなさい!!」
「ただいまケリー。いい子にしてたか?」
 ケリーが抱きつくのをひょいと抱き上げ、満面の笑みで答える。ケリーが頬にキスを送るととても嬉しそうにキスを返してくれていた。
「行きましょう」
 その様子を少し離れてみているとウィルナーに背中を押された。
 近づいて行くと男性はウィルナーとも同じ挨拶を交わして、ケリーを下ろす。その時にノリンにも視線を合わせてくれた。
「やあ、こちらのお嬢さんは?」
「ノリンといいます」
 穏やかな瞳に尋ねられ、少しだけドキドキしながら答える。
「サンシェルのお嬢さんよ。うちで預かっているの」
「ほう…。すると、一番下のお嬢さんか」
 ウィルナーの答えに男性は顎にある髭を撫でつつそんな事を言った。
 サンシェルとは仮に付けられた名だと思っていたのだが、その名でケリーの父はどうやらノリンが何者かを悟ったようだった。
 常々不思議ではあったが、夫婦で父のことを知っているようだ。
「ケリーは迷惑かけてないかい?」
「父さん」
 その質問にはケリーがやや不満そうだ。
「私が迷惑かけてます」
「ノリン」
 そう答えると今度は頬を膨らます。
「ほらほら。ケリーが機嫌悪くなると二人とも困るわよ?」
 ウィルナーのとりなしでケリーの父とくすりと笑いあってから、歩き出そうとすると「船長」と呼ばれる。それに振り返り、おそらく船員の人と少し話をし始める。
 その様子を荷物の隣で見ていたのだがケリーがウィルナーとなにやら話し出した。
 どうやらあの船員についての話しならしい。彼の妻の話しやら、生まれた赤ちゃんの話しだとかを話している。その会話を何気なく聞いていたが、ふと視線を感じて後ろを振り返る。
 だがそこには特にこちらを見ている人もいない。皆忙しく仕事をしているだけだ。
 気のせいかと視線を元に戻そうとして、ふと見覚えのある顔を見つけた。
「あ」
 その人物とばっちり視線があった。体格のいい男性で、きょろきょろしていた視線にたまたまあっただけだったのだが、一瞬にしてまずいと思った。
「ノリン、行くよ!」
「あ、うん」
 名を呼ばれ、満面の笑みのケリーに視線を戻す。
 父親の話は終わったようだ。
「どうかした?」
 ウィルナーがそう尋ねてくるが、ノリンはただ首を横に振った。
「ノリン、今日はご馳走だよ! 楽しみにしててね!」
「ケリーが作るの?」
「ううん。父さんが作るの! 美味しいんだから。びっくりするよ」
「へぇ〜。楽しみ」
 そんな会話の間にちょっとだけ振り返ってみる。先ほどいた男性はその場にはすでにいなかった。
「どうしたの?」
 ノリンの視線に気付き、ケリーも視線を後ろにやる。
「なんでもない。ちょっと知ってた人がいたの」
「ふーん。挨拶しなくていいの?」
「私が知ってるだけで私のことは知らないかもしれないから。お父様の知り合いの人だと思うの」
 貴族の話しはあまりしない。ケリーもあまり聞いては来ないのが常だ。この時も「そうなんだ」とそれだけで話題をそらしてくれる。いや、ノリンの知り合いよりも、父が帰ってきたことのほうが勝るだけのことだろう。
 家についてお土産をもらったりした後、本当にケリーの父は台所へと向かった。
「本当にお料理するんだ」
「うん。船の中でも時々するんだって」
「料理人なの?」
「うーんと、若いときにしてたんだって。ディーディランで」
「すごいんだね〜」
「そうなのかな?」
 ディーディランと言えば、大陸の国だ。このトラホスよりも何倍も何十倍も大きな国。そこで料理人をしていただなんて、ノリンには想像もつかないくらいすごいことだった。
 感嘆の褒め言葉に、首をかしげながら答えたケリーも嬉しそうにはにかんだ。
 それから家中にいい匂いが立ち込める。
 もらったお土産の観賞をしていた二人だったが、どうにも耐え切れず台所へと参入した。
 そこからは普通にお手伝いをして、夕食をとり、その席で自己紹介があった。
 ケリーの父親の名前はクライブというそうだ。三ヶ月前に船出をして、一ヶ月後にまた出かけるらしい。その話をするときだけ少しケリーが寂しそうだったが、すぐに持ち前の明るさで次のお土産の話をしていた。
 楽しい夕食が終わって、そろそろ寝る時間になったとき、ふとクライブがノリンを手招いた。
 ケリーはちょうどウィルナーに呼ばれて出て行ったところだった。
 何だろうと近付くと、クライブはノリンに隣に座るように促がした。
「ノリン、ここには何日いるんだ?」
「今日で四日です」
「そうか。お城のみんなは知らないんだね?」
 その言葉に意外に驚きがないことに驚いて、頷いた。
「お父様と、多分お母様は知っていると思います。あと、カタリナは毎日来てくれてます」
 正直に答えると一つ頷いてくれた。
「そうか。毎日来てくれている人がいるのならいいんだ。……まったく、ソールのやつもむちゃくちゃなことするやつだな」
 ぼそりと洩らされた名前にノリンは目を丸くした。
 その様子を見たクライブはくすりと笑い、ノリンの髪を撫でる。
「今の色もいいけどね。やっぱり元の色のほうが似合っているよ。スノーリル」
 瞬きを三回。口の開け閉めを二回。それから息を止めて、吐き出した。
「ウィルナーさんも知ってるんですね」
 質問には頷きが返ってくる。
「帰ったらお父さんに聞くといい。ノリンはお父さん似だな」
「父さん、ノリンのお父さん知ってるの?」
 口調が変わったと思ったらケリーが部屋に入ってくるところだった。ちょうどケリーに背を向けているノリンが顔を強張らせたのがわかったのだろう、大丈夫だというようにぽんと頭に手を乗せてくれる。
「ああ。だから預けてくれたんだと思う。仲良くしてたみたいで良かった」
「だってノリンって、お嬢様らしくないんだよ? 鳥の世話とか、干物のお手伝いとかすっごく楽しいんだって。私お嬢様ってもっとツンツンしてるんだと思ってたのに。だって、ほら、港で見るお嬢様ってやっぱりちょっとツンツンしてるもん」
 ケリーが話し出したら止まらない。今日は特に興奮してもいるのだろう。日常にあった出来事で、ノリンの存在は父親に報告すべき一番の出来事なのだ。
 ひとしきり話し、明日もあるからとウィルナーに寝るように促がされてやっと部屋に入る事ができた。
 一応個室を与えてもらっていたため、静かな小さな部屋に入って息を吐き出す。
 ベッドに潜り込んでからケリーの話をしばらく思い返していたが、クライブのことも思い出し、城に帰ったら絶対に父親に聞こうと心に決め目を閉じた。
 暗闇の脳裏にふと港で見た顔を思い出す。
「トーマス、だったよね」
 視線はばっちりあったのだが、どうやら気付かれてはいないようだ。おそらく捜索隊が出たのだろう。
 明日、カタリナがくるのであれば話を聞こうと決めて眠りに付いた。
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