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潜伏の真相
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 その日、城は大騒ぎになった。
「大変です! スノーリル様がいなくなりました!!」
 血相を変えてやってきたのは長く城に使える女官長だ。
「いつから」
 執務室に飛び込んできた女性の第一声を、ため息と共に受け取り、机に頬杖をつきながらどこか苦笑したように質問するのは金髪の男性だ。
「い、いつから?」
 単純な質問内容がわからない様子でぽかっと口を開け、そのまま尋ね返す。
「数時間前なのか? 一日なのか?」
 そう言い換えた男性に、女官長はぱちりと瞬きをして思考を回復させたようだ。
「三日前からです!!」
 その怒声に男性は一瞬驚いた様子で目を見開いたが、次いで大変造作のいい顔を見事に歪め、爆笑した。
「陛下!! 笑い事ではございません!!」
 女官長の怒声はすでに悲鳴に近かった。
 

◇◇ ◆ ◇◇

 
 
 そんな執務室のことなど知る由もなく、少女は一つくしゃみをした。
「おや、お嬢さん。大丈夫?」
 そのくしゃみを聞いた店番の女性がおつりを渡しながらきいてくる。
「ええ、大丈夫。ありがとう」
「気をつけてね。この寒さだと雪が近いから」
 その声も白く凍って吐き出される。それほど寒い季節である。
 女性の言葉に頷いて、茶色の髪をしっかりと服の中に隠した少女は一度鼻を啜った。
「えっと、あとは…」
「あ、いた。ノリン」
 買うものを書いた紙を見ているとそう声をかけられた。そちらに顔をやればお世話になっている家の少女だ。
「ケリー。どうしたの?」
 金茶色の髪をした少女がにっこり笑いながら近付いてくる。
「困ってるんじゃないかって母さんが」
「ウィルナーさんは心配性なのね」
「しょうがないよ。ノリン、お嬢様だもん。買えた?」
 そういいながら、少女ノリンの持つ買い物籠の中を覗いてみる。
「後は卵だけ」
「そっか。じゃあ、早く買って帰ろう。さっむい!」
 鼻の頭を赤くさせ、肩を寄せて寒いと訴えるケリーに、ノリンはふわりと笑う。
「ケリーは寒がりね」
「ノリンがおかしい」
 けろりとしているノリンの言葉にケリーは唇を尖らせたが、すぐにくすくす笑うと歩き出した。
 少女二人で仲良く港町の朝の商店街を歩く。
 賑やかな通りはこの三日で顔見知りが増えた。ケリーと歩いているとすぐに声がかけられる。
 そんな通りの中から卵を売っている店を見つけて卵を買い、二人で家に戻るとケリーの母ウィルナーが笑顔で出迎えてくれる。
「おかえり。ちゃんと買えた?」
「はい。ケリーにも手伝ってもらいました」
「卵だけね」
 よく似た親子が笑顔で会話を繰り広げ、台所へ促す。
「そういえば、さっきお姉さんがきていったわ。はい」
 前掛けのポケットから結び文を取り出してノリンに手渡す。
「あの、何か言っていましたか?」
 手元の文を見つめてから、少し上目遣いにウィルナーに視線をやる。その様子ににっこり微笑み、茶色の頭を一つ撫でて少し屈んで視線をあわせてくれる。
「ご迷惑をおかけしてますって。社会勉強もいいけど、お姉さんをあまり心配させてはだめよ。ノリンちゃんはこんな生活は慣れてないんだから」
 母親の笑顔でそういわれ、眉を下げて小さく謝る。その姿にやはりウィルナーは微笑むと、ぽんと頭に手を置いた。
「もう少ししたら、お家へ戻りなさい。トラホスは平和だけど、悪い人が全くいないわけじゃないからね」
 優しい声にノリンも微笑んで頷き返す。
「はい」
「ん。いい子」
「母さん。ノリンは小さい子じゃないんだから」
 その二人の様子にケリーが少し呆れたようにため息をついた。その言葉に「そうね」というと、ノリンから買い物篭をもらう。
「二人とも寒かったでしょう。暖炉にあたりなさい」
「私は手伝う。ノリン、ゆっくり手紙読んで」
「ありがとう、ケリー」
 二人の好意に甘え、ノリンは暖炉の前にある椅子に腰を下ろすと結び文を解き、中の文章へ視線を走らせた。
「あ。バレたのね」
 そこには体を気遣う文面と、今朝の出来事が記されていた。
 女官長の怒声を想像して、それを受けた父親が大笑いした姿も想像できた。
 おそらく今頃探しに行くという女官長を、侍女たちが止めているだろうことも想像できる。筆頭は間違いなくカタリナだ。
「お父様、本当に知らせてなかったのね。カタリナ大丈夫かな」
 自分がここにいる経緯を思い返し、少しだけ女官長が可愛そうにもなったが、それ以上にやはり笑いがこみ上げる。
 
 
 一週間前、城を抜け出して港町の様子を見に来た。城を出たときは確かに一人だったのだが、港町に入ったときには何故か父親が隣に立っていた。
 驚きに思わず大声を上げそうになったが、そこはさすがに止められた。なぜと問うと、「何をしに来た?」と逆に問われた。純粋に港町の様子が知りたかったし、彼らの生活がどんなものかを知りたかった。他にも色々と秘密にしていることもあるが、本音である。
 それを聞いた父親は少し遠くを見やってから、一つ頷いた。
 そして、ケリーの家に滞在を申し出て、許可され、現在にいたる。
 
 
 ケリーは何も知らないようだが、ウィルナーは全てを知ってそうだ。父の顔を見て少しだけ目をぱちくりさせ、にっこりと微笑んだ表情はよく知った人に向けるものだったと思う。
 読み終えた手紙を折り、上着の隠しに入れる。
「ごめんなさい。もう少しだけ」
 誰にともなく謝り、コートを脱いで椅子の背にかけ、台所に向かった。
 先ほどから甘いいい香りが家の中に充満している。きっと焼き菓子を作っているのだろう。
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