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 小屋の周りには何人かの見張りが立てられたようだ。
 事実上閉じ込められた小屋は狭く、酒樽が三つにロープが壁に一巻き。横に細長く窓があり外の明かりが差し込んでいる。
 野宿には慣れているので屋根と壁がある場所で寝れるだけありがたい。しかし、あまりゆっくりと寝ている場合でもないなと天井を仰ぐ。見上げた先にはランプを吊るす金具はあるが、肝心のランプがない。
「あの二人で大丈夫かな」
 いくらなんでも危害は加えられないだろうから、とりあえず寝ようかと硬い地面にごろりと寝転がる。
 引き離された二人を思うとこちらよりそっちが心配だ。なんといっても二人ともが世間知らずなのだから。
 青年のほうはまだいい。彼はあの歳までに培ってきた常識があるから。問題はもう一人。長い黒髪に黒い瞳を持つ、絶世の美少女。に見える少年だ。
 彼はまだきちんと人間として生きている時間は半年に満たない。世間の常識はもちろん、人間社会の常識すら知らないのだ。まあ、知能が高いので適応力でいえば問題ないのかもしれないが、いかんせん、あの容姿で、元が元だ。
「妙な問題にだけは発展しませんように」
 とりあえず神に祈って一時の休息を手に入れた。
聖職の資質と資格
 大都市ベンダーを目指す一行は無事谷を渡り、谷から一日と少しを歩くと、事前の情報通り村が現れた。
 山間にぽつりとある村で栄えているようには見えなかったが、農作物はよく育つようで村に入る前にもあちこちに畑が点在していた。
「だいぶ肥沃な土地のようですね」
 その様子を見た旅の道連れである青年ジョルジュが、感心したようにアリシアに話しかける。彼の育った森でも作物を育ててはいたが、荒野にぽつりとある所で農耕地を広げることはできない環境だった。そこから考えれば肥沃な土地であることもそうだろうが、開拓できるということにも感動を覚えるのだろう。
「ベンダーへの近道だということがもっと広まればかなり発展するでしょうね」
「まだ伝わってないんでしょうか?」
「どうでしょうね。あの橋ができたのは最近のようですし、これからなのかもしれませんね」
 途中のつり橋はかなり立派なもので、馬車でも行き来できるのでは思われた。将来を見据えた設計であることは一目瞭然である。
 それなりに整備された道を、道なりに歩いていくと村の入り口が見えてきた。整備された道から一つ伸びた細い道の先に看板がある。
「"バーンズ"。ここですね」
 聞いていた村の名前と同じ文字にジョルジュがほっとしたように微笑む。今日はやっと部屋で寝れるかもしれない。
「『神の家』はあるでしょうか?」
「さあ、どうでしょうね。大概の村にはありますが」
 新しくできた様子の村にジョルジュが少し心配そうに尋ねる。確かに、新しい村などには『神の家』がまだない場合が多い。それでも各地を回って『神の家』を布教させるための人間がいるのだから、もしなくてもいずれは設置されるだろう。
 突っ立っているのもなんなので、とりあえず村へと入る。活気のある村はわりと人口が多い。子供が元気に走り回っている様子に治安のよさを感じた。
「とりあえず『神の家』を探しますか?」
「そうですね。宿を頼むのはそれからでもいいでしょう」
 歩きながら村の中心を目指して歩いていると、ぞろぞろと若い男たちがこちらに歩いてきた。様子からあまり良い雰囲気ではない。
「なんでしょう?」
「さあ」
 ジョルジュもそれに気がついたようで、男たちを見ながらアリシアにそっと尋ねる。
 二人でその男たちの様子を見ていると、目の前で立ち止まって声をかけてきた。
「おい。お前、法師か?」
「はい。そうですが」
 声をかけられ一応返事をするが、その一声から好意は見られないことは明白だ。どうやらこの村には『神の家』はないようだと察する。
 アリシアが法師だと認めると、ざわりと周りの様子が変わった。
「嫌な感じ」
 ぼそりと呟くと男たちの中から一人がずいと前に出る。
「ここはお前らのくる場所じゃない。帰れ」
 強い拒否にジョルジュが驚く。
「ちょっと待ってください。どうしてそんな」
「お前は?」
 アリシアと違い法衣であるマントを着ていないジョルジュが質問される。
「僕はこの方の連れです」
「お前は法師ではないのか」
「はい」
 ジョルジュの返事に数人が相談し始める。
「なんだ?」
 アリシアの側で一部始終を見ていたバロックがそうこぼす。
「さあ。法師を受け入れられない事情があるようですね」
「悪魔がいるからか」
「その子供はなんだ?」
 ようやくといった具合でバロックの存在に気がついた男が、率先して話をしていたジョルジュに尋ねる。
「法師が保護している子です。せめてこの子だけでも休ませていただけませんか」
 ジョルジュはどうやらバロックの身を一番に気遣っているようだ。青年であるジョルジュでも厳しい旅である。文句を言わないバロックはまだ小さく、保護する対象として認識しているのだろう。
 あまり話しに参加しないほうがいいと少し傍観していたアリシアだったが、せっかく村があるのだからせめて屋根の下で寝たいというのが本音だ。
「あの。私はどこでもいいですから、彼らには宿を取らせていただけませんか? "ルイジ・デュ・エムシャイナ"から野宿でしたから、この子は特に疲れていると思うのです」
 バロックの髪を撫でながら困ったように微笑んで訴えると、少し村人たちが迷うようにこそこそと相談し始める。バロックと同じ歳の子供を持つ親たちは「可哀想だと」言っているが、そうでない人たちは法師は信用できないと囁いている。
 村人主用の道の真ん中で揉めていることもあり、行きかう人たちの目に晒されていることに男たちはようやく気がついたのか、始めに話しかけてきた男が村長に話を通すといことで一応の決着をつけた。
 彼の後をついて歩き、村の奥にある周りより少し大きな家にたどり着く。
 その向かうまでの間にきょろきょろと周りを窺うと、村の中心近くにちゃんと『神の家』が鎮座していた。村長の家についてすぐ、ジョルジュもそのことに気がついていたようで、男に質問した。
「『神の家』があるのでしたら、そこに泊めていただきたいのですが」
「あそこは無人だ。まあ、泊めるとしてもあそこになると思うがな」
「無人?」
 男の返事にジョルジュがアリシアに視線をやって、少し戸惑ったように眉を下げた。それにはただ笑みを返し「珍しくないですよ」とだけ答えた。
 村長の家はさほど広いわけではないが、客人を招くための部屋が玄関近くに設けてあった。そこに通され、しばらくすると初老の男性が姿を現した。
「女か」
 アリシアを見て一言呟くと、部屋に入り三人を一瞥する。
「話は聞いた。確かに疲れているだろうが、お前たちを村に泊めるには条件がある」
 村長は固い口調で話し、眉を寄せ、明らかにアリシアたちを警戒している様子が見て取れた。
「何かあったのですか?」
 聞いたのはジョルジュだ。
「我々は『神の家』を信用していない。特に法師など、神の名を騙る物乞いと同じだ」
 あまりの言いようにジョルジュが息を呑む音がした。
 驚きに絶句したジョルジュに向いていた視線がアリシアに移ると、その瞳に怒りが静かに浮かぶ。
「『神の家』など、所詮は人間の集まりでしかない。悪魔に太刀打ちできるものなどいるはずがない。それはお前たちが一番よく知っているだろう」
「法師は!」
「ええ、そうですよ」
 続く村長の言葉ににわかに色めきたったジョルジュを遮るように、アリシアがあっさりと肯定した。
「私たちは所詮人間です。できることと、できないことがあります。彼らを受け入れる条件とやらを教えてください。私はそれに従います」
「アリシアさん」
 アリシアはできるだけ事を荒立てたくないこともあり、成り行きに任せるつもりだった。
 実際のところ、アリシア自身は休息が必要と感じるほどではなく、こうした事態はわりとあることだった。
 ジョルジュが何か言うのを視線だけで制すると村長が一つ息を吐き出した。
「分かってもらえるのならそれでいい」
 村長が出した条件は法師であるアリシアの行動の制限。簡単にいうのなら監禁である。
 ジョルジュとバロックは村の男が言ったように、現在無人である『神の家』に泊まることを許可され、アリシアは村はずれの納屋に泊まることになった。
「本当にいいのですか?」
「大丈夫ですよ。私に危害を加えるつもりがあるなら最初からそうしていたでしょうし、屋根のある場所で休めるのでしたらどこでも構いませんから。それよりも、荷物とバロックをよろしくお願いします」
 にっこりとそうお願いするとジョルジュも複雑そうに荷物を受け取る。
「アリシア」
「分かっています。ちゃんと聞こえていましたから」
「ならいい」
「では、明日の朝お会いしましょう」
 監視の目があるためあまり無駄な話もできず、早々に話を切り上げて二人を外に出した。
「さて、お昼ご飯はどうなるのかしら」
 荷物も持ち込むなといわれたのでジョルジュに渡したのだが、簡易食だけは取り出すべきだったかと今更ながらに思って天井を仰いだ。
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