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作意のイトの端
03
 穏やかに時間が過ぎ、幾人かがちらほらと庭園のほうへと姿を消していく。
 その様子を見ながらミアは、スノーリルに誰がどういった人物かを説明してくれる。
 大体は姻戚関係の貴族で、このお茶会が開かれた理由を考えると、なるほどと頷けるものだった。つまりは未来のケムフェゼロ夫人のお披露目会と言ったところだろう。
「アーノルド様は次期当主になる方だから呼ばれたと言う事ですか?」
「ええ、そういう人物もいらっしゃいますわ。あちらのイーサー様は次期ロシェット家当主になられる方ですわ」
「ロシェット?…あ。テオドール様の兄上ですか?」
「ええ」
 説明された人物の姿と聞いた名に確認を取ると頷かれた。確かに、一人娘であるカトリアの夫となるということは、家を継ぐ必要のない人物であることが条件であるだろう。対面したときはそんなことまで気が回らなかった。
「姫は中々勉強熱心ですね」
 話し込んでいるといつの間にこちらに来たのか、どこかで見た男性が立っていた。背が高く、濃い茶色の髪に同じ色の瞳。
「これは、ベルデ様」
 名を聞いてようやくはっきりと思い出す。
 ベルデ親王。エストラーダに言い寄っていた人物だ。
「ミア殿一人ですか?」
「ええ。夫は忙しいので」
 にこりと言葉を交わしてはいるが、間にある空気はどこか固い。
 そんな二人を見るだけに留めていると視線を向けられた。じっと観察されるように見つめられ、ふと笑みをこぼした。
「貴方は一人でいたほうがお美しい」
「?」
 言葉は確かにスノーリルに向けられていたのだが、意味が全くわからない。隣にいるミアに戸惑いの視線を投げると、微笑んだ表情がどこか冷たい。
「あら、ベルデ様。それは私が邪魔だとおっしゃっておいでなのですか?」
「ははは。いや、まさか。これは失礼なことを言ってしまったようですね。美しい花は知らない間に手折られることがあるので、少し心配しただけです」
 ベルデ親王は笑った顔を少し真剣なものに変えてスノーリルに向けた。
「王家に連なる者の母というものはどこも皆同じような性質を持っているものです。それに振り回される子の事など露ほども考えてはいない。貴方も気をつけたほうがいい」
 最後はミアに向けた言葉だった。
 再びにこりと微笑んでベルデ親王は去っていった。どうやら今のは警告だったようだと感じ、隣のミアを見やれば、真剣な表情で何か考えている様子だった。
「奥様」
「ええ。大丈夫よ。ありがとう」
 後ろから声をかけられ振り向いたときにはいつものたおやかなミアに戻っていた。その様子を見て、スノーリルはカタリナに視線を送ってからミアを見る。
「ミアさん。そろそろ庭園を見ますか?」
「そうですね。そろそろ動いたほうがいいかも知れませんね」
 庭園の主との会話に華が咲いている人以外はほとんどが席を立っているようだ。
 ケムフェゼロご自慢の庭園は腰丈の大輪の花が中央にあり、その周りを背の高い花木が植えてある。こちらも花ばかりがついており、とにかく絢爛な様子だ。
「ディーディランの方は派手なものがお好きなのですか?」
 なんとなくこれまでこの国に留まっている間に感じていた感想を、ディーディラン国の奥様に尋ねてみた。
 ミアはころころと笑うと「そうですね」と頷いた。
「大貴族や豪商と呼ばれる方々は大抵そうです。ディーディランに限ったことではないと思いますけれど、傾向としてディーディランは多いのも事実ですね。とにかく何でも手に入りますから。ここにある花はビクスという国の花で、ディーディランにある花ではありません。かなり高価なものですよ」
「そうなのですか」
 広大な庭に一体何本植えてあるのか分からないが、それでも二百以上はありそうだ。自家栽培で増やしたのか、購入したのかはわからないが、それでも一、二本からこの数を増やしたとは考えにくい。必然的に半分くらいは購入しているだろう。
「大国の大貴族としての面子といったところでしょう」
 仕方のないものを見た様子でミアが呟くのに思わず苦笑が漏れる。
「破棄になったのか?」
「破棄も何も、断られ続けているわけだからな」
 花の間を歩いていると、少し離れたところにいる貴族二人の話が漏れ聞こえてくる。
「望みは薄いか」
「ああ。あのクロチェスターが出てきてはな。さしものケムフェゼロでも太刀打ちは難しいだろう」
「しかし、今頃どうして?」
「さあな。クロチェスターも王家の血が欲しくなったのか、あるいは王女に泣きつかれたか。一番ありそうなのは…」
 そこでこちらに気がついたか話が途切れた。
 立ち去る二人を見つめてミアも少し難しい顔をしていた。今の話を総合して考えるとつまり。
「クロチェスター大臣がシルフィナ様の婚約者に名乗りを上げたんですか?」
 ということだろう。
 ミアは「ええ」と頷いただけだったが、あまり驚いた様子は無いことから事前に知っていたのだろう。
 ケムフェゼロ家と現役の大臣であるクロチェスター家を比べれば、王女の嫁ぎ先としては大臣のほうが勝る。あの青い顔はどうやらそこへと繋がるようだ。
「クロチェスター大臣は独身だったのですね」
 なんとなく結婚していそうな雰囲気だったので少し意外だ。
「婚約者はいますけれど」
「え」
「そちらを破棄してシルフィナ様に申し込んだということでしょう」
 確かに、王女が相手ならばそちらを選ぶのが普通ともいえる。
「でも、初めはシルフィナ様をお選びにならなかったのですよね?」
 シルフィナはもっと前から独身で、求婚するならもっと前であってもおかしくない。それなのに婚約者がいたということは、クロチェスターにとって「王女シルフィナ」という選択肢は最初からなかったものとみていい。
 先ほどの二人もなぜ今頃なんだと言っていた。
「選ぶ必要が出てきた。ということでしょうね」
 ミアが一つ溜息を吐き出して呟いた。
「それが何か、というのが問題ですわ」
 花にそっと手をやって愛でているように見えるが、実際は何か考え込んでいる。そんな始めてみるミアの様子をじっと観察していると、ふと顔を上げてにっこり微笑んだ。
「さて、一回りしてから戻りましょうか」
「…はい」
 今ここで悩んでいてもしょうがない。
 歩き出したミアの背を追いかけて香る空気を大きく吸い込んだ。
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