Q あなたは好きだという気持ちを測りたいと思ったことはありますか?
雑誌のアンケートにある一文に目を留めた彼女は、かわいらしく上目使いに隣の彼氏を見つめて問う。
「ねぇねぇ。私のことどのくらい好き?」
それを受けて彼氏は答えるのだ。
「そうだな。太平洋をいっぱいにするくらい好きだよ」
それを聞いて彼女は満足し、キラキラ輝く笑顔で嬉しさを現した。
「………どう思う?」
その会話を聞いていた柳新は、視線を真直ぐ前に向けたまま、隣に座る東野由加里に尋ねた。
「……どうといいますと?」
先ほどのカップルの会話を、当然聞いていたであろう由加里も、雑誌に視線を落としたまま新に聞き返す。
場所はいつものファミリーレストラン。
由加里が昼食をとって、そのまま本を読みながら居座り続けていたところに、新が通りかかって見つけ、ボックス席からわざわざ窓際のカウンター、いつもの定位置へと移り、今に至る。
「どのくらい好きかなんて測れないからいいだろう?」
コーヒーカップを持ち上げ、中のコーヒーをゆらゆらと揺らす。
「測れたほうがいいんじゃない? 目に見えるほうが説得力あるもの」
由加里も同じようにコーヒーカップを持ち上げ、残り少ないコーヒーを飲み干した。
「女って現実的だよな。夢がない」
コーヒーのおかわりを頼みながら新のボヤキに目を向ける。
こざっぱりとした髪はカラーリングしておらず黒い。Tシャツに薄手のパーカーをはおり、下はジーンズのパンツと、ラフな格好だ。
対する由加里も、控えめにブラウンのカラーリングした髪をサイドから緩くまとめ、キャミにカーディガンをはおり、下はサブリナパンツというスタイルだ。
ご飯を食べにでてきたのでそんなにおしゃれはしていない。それでもお化粧を少しに、ネックレスをつけていた。
「男が夢見がちだから、女は現実的にならざるを得ないのよ」
由加里の言葉に新は少しむっとした様子で反論する。
「由加里がシビアすぎるだけじゃないのか?」
厳しい口調ではあったが、いかんせん。由加里のほうが一枚上手なのだ。
「そうね〜。バレンタインの見返りは倍以上を要求するわ」
にっこり微笑んで返す言葉に、新はさっさと降参した。
「はい。ぼくが悪かったです。ごめんなさい」
今年のバレンタインのお返しにと、新が贈ったものは映画の割引券だった。
「映画好きだからいいけど」
コーヒーのおかわりが届くと、一口飲んで話題を変えた。
「で? どうして好きな気持ちは見えないほうがいいの?」
話が最初に戻ると新は由加里のほうへ体を向ける。
「だって、見えたらそれだけしかないのかって思わないか?」
「太平洋一杯でも?」
熱いコーヒーに口をつけながら尋ねると、そんなもん! と笑い飛ばした。
「結局はその中に入るだけしかないってことだろう?」
「それだけあれば十分でしょう」
そんな会話をしていると、先ほどのカップルが席を立った。
いかにも仲がよさそうで、支払いをしている間もぴったりと寄り添い離れる気配はない。
「由加里は満足できるんだ」
「新は満足できないの?」
お互いに意外だというように、向き合って言葉を発する。
「俺は満足できないな。吸い込む空気を満たすくらいじゃないと」
「…地球全体を包むくらいってこと?」
「うん」
疑わしそうに尋ねた質問に、素直な答えが返ってくる。
冷めかけているコーヒーを飲むその横顔をまじまじと見つめると、それに気がついたのか新が由加里を見る。
それと入れ替わるように、今度は由加里が前を向いた。
「なに?」
「わかった。新たは独占欲が強いんだ」
由加里の出した結論に、当の本人は驚いたようだった。
「なんでそうなるんだ?」
全く自覚が無いのか、それとも本当にわからないのか。
由加里は少しだけ言葉を選んだ。
「それって、つまり、自分が思うほど、相手が思っていないかもしれないっていう不安から逃れたくて、そう思うんじゃないの?」
「は?」
独占欲と何が関係しているんだ? とその目が語る。
「もしよ? 好きだっていう気持ちが見えるとするわよ?」
そういうと、新のコーヒーと自分のコーヒーを並べた。
「ん〜、そうね。新はこっち。満タンに近いほど好きだとして、相手はこっち。カップに半分くらい好き」
コーヒーの量が好きの量と仮定しての話が始まる。
「どう見ても新のほうが沢山好きで、相手は新ほど好きではない。このカップの満たされていない空間は、他のもので満たされているわけ」
それは趣味でも、仕事でもなんでもいい。
ここまではいいかと聞くと頷く。それを見てにんまりと笑った。
「新は、その相手の、自分以外を思う空間を、自分で満たしてしまいたいのよ」
つまり独占だ。
「でも、それは見えているからで、もし見えなければそうは思わない。そして、その思いの量の差を見て落ち込むこともない、と。だから、好きな気持ちは測れないほうがいいと感じているのだろうねぇ。以上、由加里の恋愛講座でした〜」
最後はからかいの混ざる口調でコーヒーを元に戻した。
新は思わぬ指摘に恥ずかしいやら、納得がいかないやら、沢山の感情を乗せて、戻されたカップを見つめる。
世界の空気を好きで満たす。
つまりどこへ行こうが誰といようが、自分の存在を忘れさせたくないのだ。
「由加里はもので相手の気持ちを測っているのか?」
何となく意趣返しをしたくてそういったのだが、あまり効果は上がらないこともわかっていた。
「そうね〜。でも、それを見せられたらつらいかも。自分の想像しているくらいの量なら満足できるけど。それ以下だと不満だし、それ以上だと不安かもね」
意外な言葉に新は首をかしげる。
「不満なのはわかるけど、それ以上だと不安なのか? 嬉しくなるのが普通だろう」
普通ならもちろん沢山もらって嬉しいと感じるだろう。
しかし、由加里は違うようだ。
「だって、こっちが思っている以上に相手が思ってくれてても、自分はそれに答えられるのか不安じゃない」
それを聞いて新はにやりと笑った。
「じゃ、やっぱり見えないほうがいいだろう」
ゆっくりコーヒーを飲む二人の目の前を、さっきいたカップルの女の子が泣きながら走っていった。
「ま、なんだ。結局は「測りきれないくらい」が一番無難だよな」
A 好きな気持ちは計測不能。