今日、ラジオという人類が生み出した最強の情報媒体から、高名だという天文学者が今朝のニュースで全人類に警告を発した。それは同時にテレビや、新聞、ネットとありとあらゆる情報を駆使して、世界、いや、地球全てにいる人間へと伝えられた。
「明日、地球に巨大な隕石……いえ、惑星が衝突し、地球は消滅します」
この一報をどのくらいの人が信じたのだろうか?
世界最高権力者とされる大国の大統領も画面に現れる。
「皆さん、信じられないのはよくわかります。ですが、これは決して嘘、偽りではありません。そして、残念なことに全人類が逃げ出す時間と場所がないことは明らかです。なぜ発表したのかと感じる人も要るでしょう。ですが、私は皆さんに黙っていることはできなかったのです。自分という人生の終幕をどうやって引くかの選択は、全ての人に与えられるべきだと思うのです。
悪いことをして地獄へ落ちるようなことはしないでほしいですが、思いを遂げる最後のチャンスでもあります。どうか皆さん、残り少ない時間を有意義に過ごしてください。それが私の最後の願いです」
この放送があった直後、思ったとおりパニックになった。
信じるものはとにかく奔走した。今しなければならない事に。後悔を残さないために。
信じられないものはありとあらゆる方法を使い、この報道の真相を探る動きが出て、間もなく本当のことなのだと、宇宙開発を手がける全ての国の機関が発表した事実にやはり奔走した。
その終幕をより良いものにしようと…。
しかし、もちろん例外もたくさんいる。
俺らもそんな中の一部だろう。
「人間ってのは本当に欲深い生き物だよな」
そんな嘲笑交じりのぼやきが隣から聞こえる。
「それが人間だろう」
思いを遂げろ。
この国のではない大統領はそう言った。
「で? お前のやり遂げたいことって?」
いつものように都心のビルの一室。喫煙専用のスペースで、騒ぎ出す人たちを見下ろし悠然とタバコを喫む男を見やる。
「やり遂げることね〜。それを明確に持っているやつのほうが少ないんじゃないか?」
深く煙を吐きだしながら、他人事のように言う男はふと俺を見る。
「そういうお前はどうなんだよ? あるのか?」
問われて考えるが、こいつの言うとおりそうそう簡単には思いつかない。
「う〜ん。やり遂げるねぇ。ああ…あるといえば、読みかけの本だな。でも書いているのは俺じゃないから続きが出るころには死んでる」
「ははは」
「そういうお前は?」
「そうだな。家族で野球チームを作れるくらい子供を作ること」
「それをやり遂げるって、時間があっても結構大変だぞ」
「あはは」
出勤後のそんな会話もいつもと同じ時間で切り上げる。
愛煙家がタバコをやめる昨今でも、それなりに人のいる喫煙スペースだが、今日はやはりというか静かだ。それはここだけでなく、ただ単に欠勤しているやつがほとんどというのが理由ではある。
しかし、実際は地球が崩壊するというのは実感のないことで、俺たちのようにいつもと同じ日常を過ごすやつも意外と多く、会社にはそれなりに人がいるのも事実だ。
今日の業務を終え、日課で帰りにもう一度立ち寄る喫煙スペースでまた同じ顔に会う。「よう」と短いあいさつに、こちらも「おう」とだけ返す。
背広の内ポケットから愛用のタバコを取り出し一本抜き出すと、隣ですでに喫んでいた男が火を貸してくれる。
「お。サンキュ」
ありがたくその火を頂戴すると、窓ガラスの闇の中で、眼下に広がる町の灯に紛れるようにタバコの先が赤く灯る。
深く吸い込み、肺の中を煙で満たし、今日の俺を労っていると、隣でも同じように煙を吸い込んだやつがふと笑って言った。
「この光景も明日で見納めか」
今思い出したように出た言葉に俺も頷く。
「そうか。ということは、今夜は地球最後の日だな」
今まで別にどうでもよかったが、地球最後と言えば、この質問だろう。
「最後の晩餐は?」
隣の男も同じことを思っていたのか、くすくす笑うと備え付けの灰皿へタバコを弾いて灰を落とし答える。
「そうだなぁ。嫁さんの卵焼き。独身貴族は実家に帰るか?」
「いや。それはないな。明日はとりあえず休んでうまいコーヒーを飲みに行く」
「明日、出勤するやつなんかいるのか?」
「いるだろう。信じてないやつは」
俺の答えに隣の男は少しだけ驚いたように目を見開いた。
「お前は信じてるのか?」
「お前は?」
束の間の沈黙を挟み、お互いそこで吹き出した。
神さえも信じない俺たちが、明日の破滅を信じているなんて可笑しいだろう。
明日の朝もきっと同じ。
俺たちはここにいるだろうことを疑いはしなかった。