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熱帯夜の戦い
 その戦いは唐突にやってきた。


 真っ暗闇の広がるその部屋へ入ったのはつい先ほどだ。その時は明かりもついて部屋中がよく見渡せた。特に何の変哲もない普通の部屋だ。俺以外その場には誰もいなかった。それは間違いない。
 しかし、部屋の明かりが消え、しばらくすると何もいなかったはずのその部屋に気配を感じる。
『なんだ? 何かいる…』
 この日は熱帯夜。締め切った部屋はかなり暑い。立っているだけでも汗が伝い落ちていくほどだ。
 俺は一度汗を拭い、帯熱して熱くなっている部屋の壁に張り付いて様子をうかがった。
 しばらく静かな暗闇がそこにあったが、その中に微かな音が聞こえる。その音で俺は全てを理解した。
『まさか…またあいつらか?』
 毎年やってくる"あいつら"が、今年もまたやってきたようだ。
 "あいつら"と呼ぶのは年齢性別ともに不明で、おそらくこの狭い部屋の中に複数いるだろうからだ。
『くそっ! 俺が何したってんだよ!』
 心の底から湧き上がる怒りと苛立ちとで体温が上昇する。
 『落ち着け俺。冷静に対処しないとこっちがやられる。去年はそれで散々な目にあっただろう』
 そう、去年あいつらと対峙したとき暑さと苛立ちと、もうどうにでもなれという自暴自棄にさいなまれ、結局やつらに数箇所を刺されてしまった。
 その後、大変な目にあったのは言うまでもない。
 今年はそんなことにならないように俺も訓練をつんだ。
 武器を持つことも考えたが、広範囲にわたりあいつらを撃退するその武器は、実際どのくらいの効果があるのかは定かではない。
 それならば直接叩いたほうがよほど効果があるように思えた。
 俺はあいつらの気配を探りつつ両手を前に出して構えた。
 この暗闇の中での戦いで一番必要なものは強靭な精神力だ。去年の敗戦がいい例で、結局は俺がどれだけしっかりとしていられるかが勝敗を左右する。
 その次に研ぎ澄まされた聴覚。あいつらがいかに軽やかに移動したとしても、動く際には必ず音がする。それを捕らえることで攻撃に移ることができる。
 
 あいつらと対峙してからどのくらい時間が経過したのか、それは突然やってきた。
『いた!!』
 ようやくあいつらのうち一つの気配、いや音が聞こえた。
 どうやらこちらへ向かっているようだ。音がはっきりとしてくるのを感じる。
 俺はその音へ全神経を集中させ、思い切り両手を突き出して叩いた。
 

 ――パン!
 


 小気味良い音が狭い部屋の中に響く。
 それと同時に部屋のドアが開き、明かりが付けられた。
『!!』
 突然のことに俺は思わず片目を閉じ、そしてドアのほうを見た。
 その場に立っていたのは眠そうな顔をした姉だった。
「蚊取りないの?」
「…はい」
熱帯夜の戦い END
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◇ あとがき ◇
暑い夜にふと思いついた作品。
蚊取り線香。つけていないとそりゃ〜ひどい目に合います。
もう少し緊張感があったほうがよかったかなぁ。(反省)
作成日2005/7 原稿用紙4枚