novel top
口づけをください
1ヵ月後の結末
「雪乃さんは何が欲しい?」
「はい?」
「1ヶ月記念のプレゼント」
 
 
 
 美術館近くの喫茶店でお茶をしているとそんな話をし始めた。
 今日は日曜日だけど珍しく木崎さんはお休み。
 木崎さんの職業というのが、美術館の館長…一応代理と言っていた。そのため休館日以外はあまり会えない。その休館日も平日であることがほとんどだ。日曜の美術館は書き入れ時というやつなのだから当然だが。
 しかし、今日は多忙の父親が帰ってきてお休みをもらえた。とは聞いた。
 でも、どうやらそればかりではないようだ。
 にこにこと小さなテーブルに肘をつき、切り出された言葉に首をかしげる。
「1ヶ月記念? ああ〜そうですね、もう1ヶ月過ぎましたね」
 木崎さんと初めて会ったのは、たしか香苗さんのお花を見に行った日なので、少し過ぎている。
「電話をし始めて、今日でちょうど1ヶ月」
 そういえば、木崎さんからあった電話は三日くらい過ぎていたっけ。
 忘れていたとかじゃなく、気にも留めていなかった。
 あの電話から1ヶ月。まだそのくらいの時間しかたっていないのだと改めて思う。
「別にそんなことしなくても…」
 再会してからもまだそんなに時間はたっていない。いや、どうせなら再会から1ヶ月記念をするべきなのでは? そんなことを思いつつ、妙に楽しそうな木崎さんを見やる。
「何か企んでる」
「まさか」
 にっこり微笑むその笑顔が怪しい。
 じっと見つめると困ったようにごそごそとポケットを探った。
「?」
「プレゼント」
 渡されたのは小さな包み。中は細長い四角の小さな箱。
「ありがとうございます。でも、私は何も用意してませんよ?」
「うん。いいんだ」
 俺がそうしたかっただけだから。
 にこにこ。にこにこ。
 プレゼントは何がいいとか聞いたくせに、ちゃんと用意しているあたり、木崎さんはやっぱりよくわからない。
「開けてみて」
 そう促されて袋を開ける。やはり中には小さな箱。しかし、よく見かける箱。
「これって」
 ごぞごぞと中身を出してみれば、やっぱりそうだ。
 ほっそりとした円筒形。蓋を開けて捻ってみれば顔を出す赤。
 そう。どう見ても口紅だ。
「…ありがとうございます」
 一応お礼をいうが、そんなにも化粧っ気がないかと少し沈黙してしまった。
「俺に会うときにつけてきてね」
「え?」
「雪乃さんからのプレゼントはそれでいいから」
 あまりお化粧をしないほうだが、全くしていないわけではない。しかし、木崎さんにはそうは見えていないようだ。こんなプレゼントをくれるくらい気になっていたのかと少しだけ落ち込んだ。
「ちゃんと返してね」
「………はい?」
 楽しそうに言う木崎さんの話がよく見えない。
「返す?」
 私からのプレゼントを? つまりコレを?
 
 
 がさごそと箱に戻し、紙袋に戻し、木崎さんの目の前に置く。
 
 
 私の行動に呆然とする木崎さん。
「えっと…」
 しばらくそのまま口紅のはいった包みを眺めていた。
 
 突然記念日なんて言い出した木崎さん。
 なんだか知らないが嬉しそうな木崎さん。
 プレゼントを用意していた木崎さん。
 もちろん私がお返しを用意しているはずが無いことを見越してのプレゼント。
 その送ったプレゼントをつけてきて返せということは、つまりだ…。
 
「お返しします」
 目を見ないように告げたが、なんだか顔が熱い。
「雪乃さ〜ん?」
 間延びした声が少し横にずれ、顔を覗き込んでくる。
「その顔はわかってるでしょ」
「無理です」
「嫌?」
「………」
 思わず止まった答えにものすごく嬉しそうな顔をする。
「俺は別に口紅なくてもいいけど」
「それじゃ、プレゼントの意味がないじゃないですか」
「あ。そっか」
 そういうと紙袋をがさごそとあさり出した。
 何をするのかと見ていると、中身を出して自分の唇にひと塗りした。
「き、木崎さん?」
 壊れたのかと思ったが、にやりと笑うその瞳に嫌な予感が背中にひたりとくっついた。
 
「まさ……っ…」
 
 逃亡も抗議も拒否も、すべて飲み込んだ木崎さんがゆっくりと離れるまで時間が止まった。
「いい口実ができたな」
 嬉しそうに口紅を紙ナプキンでふき取りながら、口紅へ伸びたもう片方の手を思わず阻止した。

END

novel top
甘い恋の欲求で5のお題・・・配布元「原生地」様
口づけをください