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顔が見たいな
1ヵ月後の結末
 会えるようになってからも、連絡方法は相変わらず携帯電話での通信のみ。
「雪乃さんはメールって嫌い?」
 文字を打つより話したほうが早いだろうけど。電話ができなくても何かひと言くらい残しておきたい時もある。
 ただ、それだけの軽い質問だった。
 少し考える声がしてから答えが返ってきた。
「別に嫌いってほど嫌いではないです。けど」
「けど?」
「平坦な文字から感情を拾うのって結構大変」
 その説明で何となくわかった。
 同じ言葉でも音で聞けば何となくわかることでも、文字だけになると、どういう意味で送られたものかを受け取った側が解釈しなくてはならない。怒ってはいないだろうと思っていても、実はかなりご立腹だったり。感情を隠すのは簡単だ。
「それに、もしかしたら本人じゃないかもしれないでしょう?」
 どこか呆れたような、ウンザリしたような音が通り抜ける。
「何かイヤな思いしたんだ」
「………」
 問いへの沈黙にそうなのだという肯定が含まれる。
「なるほど」
 確かに、メールではこういう細かな感情はさすがに拾えない。小説のように感情を付け加えるわけにもいかないし、付けてもそれは捏造である可能性は大いにあるわけで、リアルタイムで受け取るものではない分だけ素直ではないこともある。
「木崎さんはメールしたいんですか?」
 逆に問われて考えてみる。
「うーん。どうしてもってわけじゃないけど。知らない間柄でもないでしょう?」
 言外に感情を拾うことも易いのではないかと匂わせてみたが、雪乃さんは沈黙した。
「雪乃さん?」
 再会する以前から、時々ある沈黙。答えられないのではなく、言おうか言うまいかを悩んでいる時に多くある。
「木崎さんは見破る自信ありますか?」
「え?」
「偽造メール」
 その言葉に思わず吹き出した。電話の向こうから小さく唸る声が聞こえる。
「どうだろうね? 偽造された電子を見破るのはさすがに俺でも無理かな」
「なんか、馬鹿にされてる」
「してないよ」
 不貞腐れたような声に思わず顔が緩む。
 今、電話の向こう側ではどんな顔をしているのだろう?
「雪乃さん。今ひま?」
 時間はお昼。
 今日は休日。
 電話だけで足りるわけが無い。
「顔が見たいな」
 メールより。電話より。
「会いたい」
「………」
「ダメ?」
「………」
 返る沈黙は迷ってる合図。
「俺が今どんな顔してるか見たくない?」
「え?」
「文字より、声より、感情ははっきりしてるよ」
「それは、そうでしょうけど…」
 何か懸念があるのか、声が少し弱い。
「あ。それとも忙しい?」
「いいえ…あ、いや、その…」
 質問を否定して、すぐにしどろもどろに言葉を濁す。
 何を迷ってるの? 迷うことなんてないでしょう。
 柔らかく誘ってみる。
「おいで」
「………」
「雪乃」
「っ…。あぁ、もう!」
 電話口で溜まりかねたように声を出した。
 きっと真っ赤になってる。その顔が見たいんだ。
「決まり。待ってるね」
 こっちで勝手に宣言すると、ため息とともに「わかりました」と返事が届く。
「本当はイヤ?」
 少しだけ不安になって聞いてみる。
「…会ってから判断してください」
 プツっとそこで電話が切られた。
 
 ――プーッ。プーッ――
 
 通話が切れたと知らせるディスプレイをしばし見つめる。
 怒った? 呆れた? イヤになった? それとも………。
「早くきて」
 どんな顔して言ったの?
 答えを見せて。

END

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甘い恋の欲求で5のお題・・・配布元「原生地」様
顔が見たいな