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目を閉じるのが恐い
Cloud
「また徹夜か。ちゃんと寝ているのか?」
 兄上は顔さえ見れば必ずそう聞いてくる。  役目を交代した頃からだと記憶しているが、もしかしたらもっと前からかもしれない。
「寝てますよ。僕が倒れたら兄上が困るでしょう?」
「ならいいが。一人で寝るのが寂しかったらいつでも言え」
「言ったら添い寝でもしてくれるんですか」
「俺だけじゃ不満か? ではミアと三人で寝るか」
 少し意地悪く口にしてみるが、逆に悪戯に返される。
「兄上」
「冗談だ。ほどほどにな」
 からかいの言葉はいつも優しい響きを持つ。
 おそらく、兄上は知っているのだ。
 僕が目を閉じれないわけを。


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あの不安を考え出したら止まらない
Thomas
「はぁ」
 寝なければ、そう念じながらどのくらい経ったのか。
 知らず出るため息を聞きつけたのか、隣のベッドがごそりと動いた。
「トーマス。寝れないのか?」
「どうにも、気になるんだ」
「何が?」
「昼の姫様の様子だ」
 護衛をする姫はとても敏感な人である。そして恐ろしいほどの行動力を持つ人でもある。
 その人が昼間の庭園で、愛を告白されたのだ。
「ついに姫様も婚約するかもな。なんだ、それで寝れないのか?」
 同僚がからかうその言葉に限りない不安を煽られた。
「そうなんだ。あの様子、以前にもあった気がして…もしかしたら、明日の朝には…」
「前? …おい、トーマス。まさか…」
 考えれば考えるほど、この不安は確信に変わる


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優しいホットミルク
Alicia
 しんと静かな部屋で、そっと息を殺してみる。
 いつも隣でしていた寝息が今は聞こえない。
 そのことで一人なのだと、失ったのだと実感する。
「どうして」
 尋ねても答えはない。当たり前だ。もう、いないのだから。
「どうして」
 自分はここにいるのだろう。なぜ、一緒ではなかったのだろう。
 それも答えはない。あるのはただ、一人で残ったという事実だけ。
「アリー? 起きたのですか?」
 開いた戸口に二つカップを持った人が立っていた。
「お師匠様」
「今日は寒いですからね。私も寒くってね」
 ゆっくり近づいて、一つを手渡してくれる。
「熱いからゆっくりね」
「はい」
 言われた通り、ゆっくり飲み込んだミルクは甘くやさしい味がした。


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人肌のする方へ
Baroque
 旅をしている以上寝る場所は様々だ。
 今日のようにベッドが与えられるのは実に久しぶりと言っていい。
 準備を整えるとアリシアはすぐにベッドに潜り込み、私を引き入れる。
 男女が共に寝ることに抵抗はないのだろうかと初めは思いもしたが、最近は当然なのだなと思う。
 明かりが落とされ、闇の中に身を浸すのはとても心地がいい。
 しかし、アリシアを隣にそれは中々難しかった。
「寒いのですか?」
 身じろいだのがわかったのだろう、そう声をかけてくる。
 寒さというのを覚えたのは出会った日だ。
 冷気を感じ肌の表面がざわざわと泡立つ感覚がそうであるようだ。
 特に寒いわけではないが、光に対して同じような感覚があるのも事実だ。
 本来ならば近づきたくはない。
「バロック?」
 しかし、アリシアの側は暖かく居心地がいいのもまた事実だ。


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暗闇の中に逃げ込む
Katarina
 逃げて逃げて、行き着いた先は人がとにかく多い港町だった。
 しかし、ここもいつまでも安全であるとは思っていなかった。
 彼らの情報網の恐ろしさは自分が一番よく知っている。
 なんとか潜り込んだ下働きもそろそろ辞めて移動したほうがいい。そう思っていた頃だった。
 いつもと違いなぜか寝付けない。
 嫌な予感がしたのはただの勘ではなく本能に近いものだ。
 ざわりと背筋に悪寒が走り、とっさに壁を背後に臨戦態勢を取った。
 同室の娘が明かりがないと寝れないと言って、部屋は仄かに明るい。その中に影のような男が現れた。
「ラストールだな」
 それだけで十分だった。手に持っていたナイフを一つ投げ、あとはとにかく逃げた。
 昼は気配を消しつつ警戒しているし、夜は与えられた寝床でも逃げられるように準備している。
「いつまでっ」
 こんな暗い闇の中を逃げればいいのだろうか。


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明日は良い日でありますように
Snowliru
「スノーリル様、眠れないのですか?」
 まだ起きている気配にそっと扉を開けると、やはりカタリナが起きていた。
「うん。なんだか寝るのがもったいなくて」
 というより、不安なのである。今日あった出来事はもしかしたら夢だったのかもしれない。
 隣に座るとお茶を出してくれる。
「カタリナは寝ないの?」
「スノーリル様が寝ていないようでしたので」
 そう言われるとちょっと罪悪感が。
「ごめんなさい」
「いいえ。今日はいろんなことがありましたから仕方ありません。船から落とされたり、盛大な告白を受けたり」
「カタリナ!」
 思わず大きな声を上げるとにっこりと笑顔をくれる。
 そうなのだ。本当にいろんなことがありすぎて、そしてそれらを思い出して寝れないのである。
「大丈夫です。明日はきっといい一日ですよ」
 するりと髪を撫でて請け負ってくれる。
「うん。そうね」
 明日からまた大変になるけれど、決して悪い日ではないと思う。


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「お帰りなさい」と言うまでは
Mia
 旦那様の仕事が遅いのはよく知っている。
 かつての父がそうだったように、補佐官の仕事は意外に面倒なものなのだ。
「奥様、お休みになっても旦那様は怒りませんよ」
 そんなことは知っている。しかし、私が起きていることで彼らが休まらないのも事実だ。
「そうですよ。お腹のお子様にも影響すると我々が旦那様に怒られるのですから」
 冗談なのか本気なのか、執事がそんな事を言う。
「わかったわ。先に休ませてもらうわね」
「はい。お休みなさいませ」
 挨拶をして部屋に引っ込むが、やはり先に寝るつもりはない。
 一日に一度は必ず顔を見せてくれる優しい旦那様は、どんなに忙しくても必ずそれを果たすのだ。
 寝ていてもいいというが、私がその顔を見なければ意味がない。
「お帰りなさい」の言葉は彼が私の家族であるという証拠だ。
「ただいま」の言葉は私が彼の家族であるという証拠。
 だからこれだけは誰にも譲れない。
「眠れない夜に七題」 (2010/02 - 2010/08)
配布元「jachin