Cloud vs. Edius
Renaudrias vs. Keldria
いい加減まずい気はしていた。
倦怠感に襲われたのは三日ほど前からだ。これ以上消費するとおそらくぶっ倒れることは考えなくてもわかっている。
「ルノドリアスに最も適した人を召喚してあげるから」
戦友と言っていいだろう、ケルドーリアにそう言われはしたが、俺の場合それは無理だ。
「この世界に俺に適したやつなどいるわけないだろう」
一人すでに失っている。供給する者としての役目を終えた人はすでにこの世界から旅立った。
「やってみないことにはわからないでしょう? 前の召喚者はフュームポシムって言ったっけ? あのご老人じゃ高が知れてるって」
手を上下にひらひらさせながらにこにこ笑ってきついことを言う。
「ケルドーリア。あの方は大魔道師って言われてるんだぞ」
罰当たりにもほどがある。
睨んでみるがまったく効果がないことくらいすでに知っている。それに…。
「ご老人が大魔道師なら僕は賢者になるよ」
にっこり微笑みながら首をかしげる。何か間違ってるかといいたげだ。
間違ってはいない。目の前にいるケルドーリアは間違いなく、サッシュキリアム一の実力者だ。
「ルノドリアスに適した人を見つけること事態難しいって言ってたけど、ご老人の捜索範囲が狭いだけだと思うんだよね」
そう言いながら目を細めて、机の上にある水の張った盆を見る。
「ケルドーリア。俺はこのままでもいい」
「僕は嫌だ。ルノドリアスに死なれると困る」
きっぱりと強く言い切られる。
「なに? 諦めたんじゃないの?」
軽く息をつくとちらりと上目遣いに視線を寄こす。
ここにくるまでにも同じやり取りを何度もしている。押し問答に結局折れた形でここにいる俺に、ケルドーリアは文句があるのかと眉を寄せた。
「わかってる。俺がいないとお前が困ることくらい」
「ならいいけど。あ。女じゃいやだとか、そういう面倒なことは受け付けないから。何がきても受け入れてね?」
にっこり極上の笑顔でそういうと、とっとと部屋から出て行った。
「何がきてもって」
何を呼ぶつもりだ。
本来なら自分で召喚するものだが、今のこの状況ではしかたがない。
一つ息を吐き出して、今度こそ諦めた。
性別などどうでもいい。願わくば嫌な奴。それ以外は望まない。
※ この作品は別館に移りました。
Harumiss vs. Toriwell
真夜中の呼び出しに、家族に気付かれないよう向かった狭い部屋の隅には、背の高い人物が壁に寄りかかるように立っていた。羽織ったマントの前を開け、その隙間から剣の柄頭が覗いている。年齢はまだ若いのだろうが、無表情にこちらを見やる姿はまるで老齢の執事のように堅固な印象を受ける。
「用件を」
その人物が誰かなどは聞かない。ここを知っている。それだけで十分だったのだが、しかし、その人物はこちらの顔をまじまじと見つめてから聞いてくる。
「あなたが”灼石”なのか?」
この質問に内心首をかしげる。
今までここを尋ねてきた者にそんな質問をされたことがなかったからだ。
「ここにきた理由はそれではないのですか?」
――灼石(しゃくせき)。
焼けた石のように赤い瞳を持つ者をそう呼ぶ。
しかし今では、ある一定の人間を呼ぶ名称としてのみ存在する言い方で、世間一般の人間はそのことを知らない。
つまりここにきたということは、“灼石”の意味を知っているからだ。そうでなくてどうしてこの場所を知っているというのだ。
男の言外に含ませた意図にその人物は軽く頭を下げた。
「すみません。もっと真っ赤なものを想像していたので…」
まあ、確かに例えられるような赤とは言いがたい。世間一般にある普通の赤目…赤く見える茶色だ。
目の前の人物の瞳は珍しい青緑。その事と見える気配に来たかと内心で呟く。
「世の中には知らなくていいことの方が多い。“緑譜”(りょくふ)を受け継いだ貴方にも言えることでは?」
言葉にその人は一気に緊張を強め、剣の柄に手をかけた。
「こんな狭いところでは十分に戦えませんよ。そろそろ本題に入りませんか?」
向けられた緊張は殺気を帯びていたのだが、意に介さず笑うと、数度瞬き姿勢を正した。
「…性格悪くないですか?」
眉を寄せ不機嫌そうにそう呟く姿がどこか幼さを感じる。
「これでも“灼石”なので。その首にかかっている物の正体を探りだすのはそんなに難しくないですよ。ただ、こうして目の前にいることに違和感を覚えたので、言ってみれば確認です」
神殿にいる友人から話に聞いた人物なのかどうか。あの反応ではつまりその人物であると言っていいのだろうが、その肝心な緑譜の存在を感じない。しかしそれは今は別の話。
「人を探しています。名前はユーセイン」
本題をようやく切り出した人物が告げた名は実は昨日も聞いた。
「昨日襲撃にあって仲間が追っています。トルムの方角へ向かったということですが…黒幕が誰か、わかるのなら教えていただきたい」
前置きはあったものの、単刀直入に尋ねるのはおそらく確信があるからか。
「さすがにそれは分かりません。ただ、彼女を攫った契約魔の主はターシアにいません」
「ターシアにいない?」
「はい」
答えは意外だったのか、その人は眉を寄せ、机の上の明かりに視線を移し何かを思案している。
「この問題は遅かれ早かれ訪れたでしょう。今この時期なのは期が熟した結果です。そして、貴方もその要因の一つです」
「俺?」
「はい。近いうちに人生を変える人物に出会います」
静かにこちらを見つめ返す瞳に笑い返すと、これ以上の収穫はなさそうだと判断したのか、その人は頭を下げ礼を言うと狭い部屋を出て行った。
「緑譜を持つ者…。さて、わが娘にも試練の時か」
小さな窓からは、流れる雲の間から覗く月が弱い光を運んでいる。
運命が動く時はいつも静かなものだ。