#1  #2  #3

#1 訪問者
Noah vs. Zard
「そろそろ来る頃だと思ってた」
 別に意図したわけでもないのに、目の前に現れた黒ずくめの男はいつものように笑ってた。
 左右色違いの瞳を目にした途端、思わず舌打ちが洩れそうになる。
「アキードに会ったんだろう。その時に話さなかったのか」
 とりあえず文句を言ってみる。
「サナは無事か?」
 いともあっさりと無視された。
「…知ってるだろう」
「あの子は気配が薄いから俺にもよくわからない」
「そのわりによく見つけたな」
「当たり前だろう。俺はお前と違って優秀なんだ」
 それをわざわざ言いたかったのか。にやにやと笑いながらオレを見下ろしてくるコイツはとにかく底意地が悪い。
 今ヤツは人の形で、オレは獣の形なのだから見下ろされるのは仕方のない構図であることはわかるが、やはり気に入らない。
「別に人の姿になってもいいぞ」
 こんなことまで言われるのは、オレの人型を知ってるからだ。
「……オレがここにきた理由は、優秀なオマエはもちろん知ってるんだろう」
 厭味を忘れず、極力感情を殺して尋ねるが、この古株はしれっと「さあ?」などと首を傾げてくれる。
 絶対に嘘だ。知ってるはずだ。そろそろ来る頃だと思った理由を言ってみろ!!
 思わず叫びそうになるが、こいつに感情を見せるとろくな事がない。
「オマエの大事なサティーナが危険な目に合ってもいいのか?」
 これは少し効果があったのか、珍しく真面目な視線を寄こす。
「お前とあの女だと同じ位か」
「……何がだ?」
 あの女? サティーナを言っているようではないその口調に聞き返すがじっと一点を見つめてからくすりと笑った。嫌な笑いだ。こういう顔をする人間をよく知ってるだけに、絶対に良くない。
「そう警戒するな」
 クツクツと面白そうに笑われる。
「お前の主も面倒な奴だからな。だからこそ面白い」
「オレは面白くない」
 あの時、アキードと出会ったのは幸運だったのだろうと思う。しかしだ、当たった相手が悪すぎた。
 思わず溜め息も洩れるというものだ。
「とにかく、オマエの主に会わせろ」
「聞きたいことがあるなら俺でもいいだろう」
「オマエから聞きたくないから主に会わせろと言っている」
「ほう。俺が嘘を言うとでも?」
 高圧的に上から冷たい視線が降ってくる。実力では絶対に敵わない相手である以上、オレにどうすることもできない。しかしここで引くわけにもいかない。
「ザード」
 どうするかと睨みつけていると、呆れたような声が近くから聞こえる。
「はいはい」
 その声に従うように目の前の黒ずくめの男は肩をすくめてみせた。
 部屋に現れたのはコイツの主だ。
「すまないな。アキードは無事か?」
 雰囲気が和らいだことに思わずほっとする。
「ああ。オマエの孫も無事だ」
「そうか」
 ふわりと笑う男に、男の契約魔のアイツも微笑する。
 この様子を目の当たりにする度に不思議な気分になる。
 オレとアキードの契約は、コイツらと全く違う過程を経ている。
 しかし、「契約」というものはこういうものなのだろうか。オレもアキードといるとこうなのだろうかなど、どうでもいいことを考える。
「………ないな」
「どうした?」
「なにがだ?」
 二つの問いは無視し、ここに来た理由、契約主の意思を伝えることにした。
ハルミスの瞳 夕闇の訪問者6 後

#1  #2  #3




#1  #2  #3

#2 想いの行方
Silfina vs. Emaria
「姉上!! ずるいです!!」
 突然響き割った声は聞きなれた声だ。
 嵐のように立ち去った三人を見送って、やれやれと侍女のポーラとお茶で一息入れていたところだった。
 とたとたと短く刈り込んだ下草の上を走る音がして振り返るとやはり、そこには愛すべき妹が怒りを主張するように、頬を膨らませていた。
「エマリーア。だって仕方ないでしょう? あのエストラーダ姫もいたのよ」
 あのイライラ絶頂の女王様を前にしては、さしものエマでも幼さを武器にはできないだろう。というより、絶対に泣いたと確信できる。
 付いてきた侍女二人もエマの後ろで苦笑している。
 ポーラはすぐに立ち上がりエマに椅子をすすめ、少し離れたところにあるお茶を取りにいってしまった。
 すとんと目の前に腰を下ろしたエマはそれでもまだ頬を膨らませている。
「そんなかわいい顔で怒らないで」
「シーラはずるい」
 にっこり微笑んで告げると、今度はむっとしたように眉をよせ、次第に目が潤み始めた。
 ああ。マズイ。これでは泣かせてしまう。
「ごめんね。でも大丈夫よ。きっともうすぐスノーリル姫をお茶会に誘っても大丈夫になるから」
「本当ですか?」
「うん」
 本当だと示すため、大きく頷くとようやく気分を落ち着けてくれたようだ。
 ポーラがお茶を運んでくるとそれを喜んで飲んでいる。
「エマは本当にスノーリル姫が好きなのね」
 エストラーダにも何度か会っているが、「綺麗だ」と褒めはするが懐きはしなかった。まあ、わからないでもないけれど、少しだけ不思議でもある。
 何気なく呟いただけで、特に答えを期待したわけではなかったが、エマはにっこり微笑んで大きく頷いた。
「シーラ知らないの? 白は神様の色なのよ? “クライバルスの妖精”も真っ白な髪なの! スノーリル姫はそれと同じでしょう? だから絶対に仲良くなりたいの!」
 興奮気味の妹の説明で、ああそれでかと納得した。
 “クライバルスの妖精”とは古い伝承を元にした物語の一つだ。
 足首まである白い髪をした妖精が、暗い牢屋に閉じ込められた王子様を助け出し幸せに暮らすという、まあ、ごく一般的な幸せな終わりを迎える物語で、ここ数年エマリーアの一番のお気に入りの物語ならしい。
 小さい頃に読んだ覚えはあるけれど、そこまで熱狂したりはしなかった。なぜって、王子様を助け出すってところが王道じゃないと思ったのだ。
 しかし、エマリーアにはそこがステキなんだそうで、スノーリル姫を見た時から目を輝かせていた。
 先ほどまで涙目になっていたのに、今はもう物語のことで一杯になっているエマリーアを見つつ、ふと去っていったお姫様を思う。
 牢屋にいる王子様ではないが救い出して欲しいと思った。
 白い髪を持っているということがそれを期待してしまうのだろうか。
「シーラはスノーリル姫が嫌い?」
 浮かない顔をしていたのだろうか、少し心配そうな顔でそんな質問をされた。
「いいえ。私も大好きよ」
 うん。大好きだと言えるほどには好意を持っている。
 ふと尋ねられた質問を思い出し、くすりと笑ってしまう。それをエマが不思議そうに見ていた。
「王子様を助け出してくれる妖精みたいな人だと思うわ」
「ですよね!」
 にっこり微笑んで嬉しそうにするエマに頷いた。
 そうであって欲しい。
 これはささやかな希望だが、あの人ならそれをしてくれそうな気がしている。
白姫とイジワルな妖精 捜索の行方15 後

#1  #2  #3



#1  #2  #3

#3 後方支援
Tsukiko vs. Ayumu
「アユちゃん、詰めが甘い!!」
 電話口での相談で、思わずそう声を荒げてしまった。
 だって、だって、せっかく疑われることなく再会させて、あとは百戦錬磨のアユちゃんがなんとかするだろうと思って、そそくさとその場を去ったのに!
「ごめんなさい。だって、すっごく驚いたから」
 電話の向こうではごにょごにょと言い訳を口にするアユちゃんがいる。
 まあ、わからないでもないのよ。
 アユちゃんはあれで自分の周りの評価を知っているし、普通じゃないことももちろん自覚してる。
 私が始めてアユちゃんの実態を知ったときはそりゃ〜全力で驚いたけど、そんな私を見てアユちゃんは苦笑して、「ですよね」と至って冷静だった。
 それがきっと普通の反応で、ちさの反応が普通じゃなかったからさすがのアユちゃんも対応できなかったのかも。
「んん?? でもさ、あのランチから三日たってるよね?」
 もしかしたら三日も悩んでたの? いや、きっとそう。電話口からは返答はないけど、それがきっと肯定。
「はぁ〜。アユちゃ〜ん。いつものアユちゃんはどうしたの? もっと自信もちなよ。って、ちさ相手じゃ無理かぁ」
 これにも電話口のアユちゃんは小さく「えっと」と言ったきり黙る。
 私の友人の「ちさ」こと千智はものすごくカッコイイ人なのだ。もうきっと好きになってるアユちゃんに、あのちさ相手ではちょっと荷が重いのかもしれない。
「ね、アユちゃん。なんだったら一緒に会ってもいいんだよ?」
 もしかしたら気が引けてるのかと、とりあえずそう提案してみる。けどアユちゃんは少し笑って「一人で大丈夫です」と答えた。
「ちさって見た目で人を判断したりしない人だから。第一印象悪くても切り捨てたりしないし。大丈夫! 自信持って!」
「月子さん」
「アユちゃん可愛いんだから!」
「それは、それでちょっと複雑なんですけど」
 少しトーンの落ちた声で呟いたけど、すぐに「ありがとう」と返ってきた。
 アユちゃんは本当に無条件で可愛い人。ちさは絶対にそこをわかってくれると思ったから引き合わせてみたけど、どうやらその引き合わせ方に問題があったようで、ちさはあれ以来電話をする度に「合コンならいかない」と断りを入れる。
「今すぐ会いたい?」
「はい。できればすぐに」
「ん。わかった。じゃあ今日電話するね。今日はきっと暇だから会ってくれるよ」
 私にできることがあるならなんでもするわ! そう意気込んで返事をすると電話口が突然静かになった。
「アユちゃん?」
 もしもし? と声をかけるとやや間を置いて「なんでもありません」と返事が来る。
「なになに? 私、なにかまずいこと言った?」
「いいえ。大丈夫です。……ただ、月子さんは川上さんのことよく知ってるんですね」
 どこか固い感じのする言葉に、しまった〜と思った。
「えっと、えっと。ほら、お付き合いが始まれば私の知ってることなんか、普通のお友達が知ってる範囲と変わらなくなるじゃない」
 うん。そうなのだ。結局はそのくらいの軽い情報だと思う。
「普通のお友達…そう、ですね。そのくらいには居たいかも」
 ぽつりと呟かれる声にまたしてもしまった〜と思う。
「アユちゃん。えっと」
「大丈夫です。絶対にお付き合いしますから」
 私の動揺に笑う気配がする。うう、アユちゃんのほうが年下なのに気を使わせてばっかりです。
「ごめん。でも、そうだ。食事に誘ってみたら? ちさ、そういう誘いは意外に断らないから」
 ご飯は二人以上で食べるのがいいと以前言っていた。
 またしても沈黙があり、あれ? と首を傾げてからまたしまったと焦る。
「あ、あのね…」
「大丈夫です。じゃあ、誘ってみますね」
 くすっと笑う気配に続き返事が返る。うう、本当にデリカシーなくてごめん!!
 うん。だからこそ、ちさを逃がすわけにはいかないって気合が入ったのかも。
恋戦 それが恋戦の始まり2 後


「幕間」 (2007/10-2007/12)